不幸を呼ぶ男 Case.1
【朝・滝沢のアジト】
滝沢は目を覚ました
重い鉛の鎧を着せられたかのような気だるさが全身を支配している
滝沢「……なんなんだ」
滝沢「あの夢は……」
彼はベッドの横で静かに眠っている璃夏を起こさないようそっと抜け出した
そしてリビングのテレビの電源を入れる
彼の朝のルーティンはここから始まる
『……東部戦線では依然として膠着状態が続いており……』
女子アナがいつものように地球の裏側で起きている戦争の最新情報を伝えている
だがその声は滝沢の耳には入ってきていない
歯を磨き顔を洗う
鏡に映る自分の顔がひどく疲れているように見えた
ソファに座りタバコに火をつける
紫煙を吐き出しながら彼は忌々しげに呟いた
滝沢「きっちりこの間の夢の続きだったな」
滝沢「なんなんだ全く……」
正体不明の焦燥感と気持ち悪さだけが胸の中に渦巻いていた
***
【夢の中】
そこは軍の教育施設だった
窓の外は常に鉛色の空と雪
午前中はロシア語の勉強
間違えれば容赦なく電気ショックが体を焼いた
痛みと恐怖で外国の言葉を脳に叩き込む
午後は軍隊がやるような過酷な訓練
泥の中を這い回り雪山を走り
そして何度も何度も人を効率的に殺すための技術を体に覚えさせられた
そこでは俺は名前ではなく「被検体イレブン」と呼ばれていた
そして夜
その日の全ての訓練が終わるとあのドクターがやってくる
白髪まじりのボサボサの頭。ヨレヨレの白衣
そのガラスの奥の目がいつも気味悪く笑っていた
ドクター「やあイレブン。今日のお薬の時間だよ」
ドクター「君の心の病気を治すための特別な注射だからね」
『やめろ!』
『やめろ!俺は病気じゃない!』
心の中で必死に叫ぶ
だが体は動かない
ただベッドに押さえつけられ腕に冷たい針が刺さるのを感じるだけだった
『やめてくれ……!』
『滝沢さん!』
『滝沢さん!!』
『起きてください!』
滝沢「はっ!」
滝沢はソファの上で勢いよく体を起こした
滝沢「はぁはぁはぁはぁ……!」
全身はびっしょりと汗で濡れている
璃夏「滝沢さん!大丈夫ですか!?」
璃夏が心配そうな顔で彼の顔を覗き込んでいた
どうやらソファでうたた寝をしていたらしい
滝沢「あぁ……」
滝沢は荒い呼吸を整えながら答えた
滝沢「大丈夫だ……」
璃夏「どうしたんですか?すごくうなされていましたよ」
滝沢「……変な夢を見た」
璃夏「どんな夢だったんですか?」
滝沢「……ドイツの続きだ」
璃夏「あーウインナーの?」
璃夏が思い出したように言った
滝沢「そうだ」
璃夏「ウインナーに襲われでもしましたか?」
璃夏が悪戯っぽく笑う
滝沢「……いや。今度はロシアにいた」
璃夏「ドイツの次はロシアなんですね。壮大な夢ですね」
滝沢は璃夏の軽口には答えなかった
彼は自分の手のひらをじっと見つめる
そして確かめるように静かに言った
滝沢「俺は昔」
滝沢「ロシアにいた」
璃夏「え?」
滝沢「それが俺の一番古い記憶だ…」
滝沢はそう言うと固く目を閉じた
璃夏はそのあまりにも重い告白にかける言葉を失っていた
ただ彼のその震える拳を見つめていることしかできなかった