不幸を呼ぶ男 Case.1
【朝・滝沢のアジト】
璃夏「教えてください……」
璃夏「滝沢さんの過去を」
璃夏「分かってる範囲だけで構いませんから」
滝沢は答えない
ただ固く目を閉じたままだった
璃夏「ダメ……ですか?」
長い沈黙
やがて滝沢は深いため息をついた
それは諦めとどこか面倒くさそうな響きを持っていた
滝沢「……つまらねぇ話だぞ?」
璃夏「構いません」
璃夏は真っ直ぐな目で滝沢を見つめる
璃夏「知っておきたいんです。あなたのことを」
滝沢「はぁー……」
彼は観念したように言った
滝沢「……俺が覚えてる一番古い記憶は」
【回想 ― ロシア軍事施設】
俺は15歳か16歳くらいだったと思う
正確な年齢は分からない
俺自身自分の年齢も誕生日も知らないからだ
その頃俺はロシアの人里離れた雪深い山の中にある軍事施設にいた
毎日ひたすら戦闘と暗殺の訓練だけを繰り返していた
午前中は他の訓練生たちと同じ軍事教練
午後は俺だけが別室に呼ばれる
そこで戦闘殺人術銃火器の精密射撃
そして人を音もなく殺すためのあらゆる技術を体に叩き込まれた
その施設で俺はすでに誰よりも強かった
だから施設の中ならどこに行ってもいいという特権のようなものが与えられていた
そんなある日イヴァン・ソコロフというのが入隊してきた
彼は一般の軍人希望者
そしてその中ではいわゆる「落ちこぼれ」だった
射撃の成績も格闘の成績もいつもビリに近い
だが彼はなぜか俺に懐いてきた
施設でトップの成績を収めている俺への憧れと尊敬からだったのだろう
毎日毎日飽きもせず話しかけてきた
イヴァン「タキ!今日の訓練全然ダメだった!コツを教えてくれないか?」
滝沢「……あぁ」
滝沢「いいぞ」
その日の夜
施設の広場で俺とイヴァンは二人で座って星を見ていた
吐く息が白い
イヴァン「しかしタキは本当にすごいよな。何でもできる」
滝沢「……お前よりずっと前からここにいる」
滝沢「ただそれだけだ」
こうして俺とイヴァンは仲良くなった
施設の中で俺が初めて心を許した人間だった
俺は時間がある時いつも施設内の図書室に行っていた
そこで日本のことを勉強していた
なぜか分からない
だが俺は自分が日本人であることだけは知っていた
最初はひらがなの読み書きもままならなかった
だが必死に勉強し次第に日本語を読めるようになった
その他にも世界の銃火器戦闘機戦車を本で勉強した
それが唯一の楽しみだった
そんな時一冊の銃器専門誌で俺はそれを見つけた
アメリカのS&W社が開発したM500というリボルバー
その銀色に輝く巨大な銃身
世界最強のハンドキャノン
その圧倒的な存在感に俺は一瞬で心を奪われた
いつかこの銃を撃ってみたい
いつかこの銃を手に入れたい
俺はそう思うようになった
滝沢の初恋はこのS&W M500だった
普通の人間とは明らかに違う人生
人の温もりではなく冷たい金属の塊に恋をする
その事実こそが滝沢という男の人生の異常さを何よりも雄弁に物語っていた