夕日が沈む丘にて
 一度だけバイクの後ろに乗せてもらって港に行ったことが有る。
漁船がズラリと並んでいて獲ってきた魚を上げているところだった。
何時ごろだったんだろうなあ? まだまだ暗かった。
やっと太陽が顔を出すか出さないか迷っている頃だった。
「春は曙。」って言うだろう? 水平線の彼方にぼんやりと太陽の頭が覗く。
そこから一本の光が伸びてくる。 それが海面に広がって波が模様を作る。
漆黒だった空が紫色に染まり、やがて白んできてフワーッと明るくなるんだ。
「生きてて良かった。」って思える瞬間だよね。 何度見ても感動する。
 街中じゃあとても見られたもんじゃない。 茂之が教えてくれてよかった。
知らなかったら一生見なかったかもしれねえなあ。
 バスが通り過ぎて行った。 ここに来て何代目のバスだろう?
どれくらい時間が経ったんだろうなあ? それすら分からなくなってる。
茂之が隣に居るんだ。 それでいい。
 他のクラスメートたちは進学やら就職やらでバタバタしてるんだって言ってた。
直美はずっとお前を追い掛けてたんだぞ。 知らなかっただろう?
 あいつも水泳部だったからお前が泳ぐのをずっと見てたよ。
でもさ、直美にはオリンピックの夢が有った。
だからのんびり泳いでるわけにもいかなかったんだなあ。
 大学に進んで試合に出れるようになったらお前に見てほしかったんだってよ。 羨ましいなあ お前は。
俺なんて取柄は何にもねえからさ、、、。
 「いいじゃねえか。 取柄なんて無く立って生きてりゃいいんだよ。」
お前はそう言ったけどそれでいいのかなあ?
 雲が流れてる。 風も出てきたね。
雨でも降るのかな?
 ぼんやりしていた俺は使われなくなった電話ボックスに飛び込んだ。
ずっと前から放置されてるんだよなあ これ。
 ここのヘアピン、昼間でもかっこ付けた連中がエンジンを唸らせて走り過ぎていく。
でもなんか見栄え悪いなあ。 ださいやつばっかだぜ。
お前が見てたら何て言うだろう?
「消えろ! ハエ野郎。」
 雨が降ってきた。 傘も無いからしばらくは出れないな。
この電話ボックスにも二人で飛び込んだことが有ったよな。
「何でこうなるんだよ?」 「しょうがねえじゃん。 雨が降ってんだから。」
「俺たち出来てるみたいだな。」 「何でお前なんかと出来なきゃいけないんだ?」
「まあいいじゃん。 茂之。」 「よかねえよ。 お前みたいなホモっけは無いんだから。」
 顔を近付け合ってそんなことを言い合うんだ。 どうかしてるぜ まったく。
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