最強の「妥協」コンビ、結成!

「で、どうするの?」
 カフェの窓際席で、楓花は目の前の理人に問いかけた。窓の外では、夕立が降ったり止んだりを繰り返している。彼女の言葉に、理人は真剣な顔で眉間にシワを寄せた。
「うーん、そうだね。楓花さんの意見を聞かせてもらってもいいかな?」
 理人の言葉に、楓花は思わず遠い目になった。このやりとり、今日で何度目だろう。私たちは今、学園祭のクラス企画について話し合っている。クラス委員長と副委員長という役職を押し付け合い、結局「じゃあ、一緒にやればいっか」という流れで共同担当になった、私たち。
 理人は「他人の意見を積極的に受け入れる」という、ある意味天使のような性格の持ち主だ。しかし、それがかえって厄介なことになる。彼の「うん、それもいいね!」という言葉は、大抵の場合、それ以上深く考えないことの表れだった。楓花自身も「その場の流れに従う」性格なので、二人の話し合いはいつまで経っても結論に辿り着かない。
「私としては、みんなが楽しくやれればそれでいいかなって思うんだよね」
 楓花がそう言うと、理人は目を輝かせた。
「わかる! 僕も結果より過程を大切にしたいんだ。じゃあ、みんなの意見を聞いて、一番多かったものにしようか!」
 結局、クラスのみんなにアンケートを取るという、最も平和的で、最も結論を先延ばしにする方法が採用された。楓花は、心の中で深くため息をついた。
 アンケートの結果は、多種多様だった。お化け屋敷、メイド喫茶、縁日、演劇。そして、なぜか「教室で温泉を掘る」という意見まであった。最後の意見は、きっと誰かの冗談だろう。だが、理人は真剣に「これも面白いね!」と目を輝かせている。
「いやいや、理人くん。温泉は無理だって。物理的に」
「でも、過程は楽しそうだと思わない? みんなで協力して、一攫千金ならぬ一湯千金を夢見るっていうさ!」
 楓花は、これ以上ないほどに穏やかな表情で「温泉はダメ」と告げた。争いを好まない性格の楓花にとって、強く意見を主張するのはエネルギーを使うことだった。しかし、このままではクラスが温泉掘削チームになってしまう。それは避けたかった。
 結局、二人の妥協案として、「縁日」が選ばれた。お化け屋敷は準備が大変すぎるし、メイド喫茶は衣装の問題がある。演劇はセリフを覚えるのが面倒だ。縁日なら、準備もそこまで大変じゃなく、みんなが楽しく参加できる。そう、これは「消去法による平和的選択」だ。
「よし、縁日に決定! 僕たち、最高のコンビだね!」
 理人の満面の笑みに、楓花は複雑な気持ちで頷いた。私たちは、最強の「妥協」コンビだ。
 ---
 学園祭当日まで、あと二週間。クラスの準備は、理人と楓花の妥協主義により、ゆるやかに進んでいた。
 「ねぇ、俊介。お前のところ、本当にそれで大丈夫なの?」
 そう声をかけてきたのは、幼馴染の菜津美だ。彼女は我が道をいく自由奔放な性格で、誰も寄せ付けないオーラを放っている。今も、両手に持った大きなクッションを抱えながら、こちらを見ている。彼女のクラスは「枕投げ選手権」という、なんとも菜津美らしい企画をやるらしい。
 その隣にいる俊介は、楓花たちとは違うクラスの委員長だ。彼は勝負を避ける性格で、人見知り気味。楓花たちと同じく、クラスの企画決めには苦労しただろう。
「うん、まぁ、大丈夫だと思うけど……。うちのクラス、出し物が決まるまでに二週間かかったから、今から巻き返さないと……」
 俊介はそう言って、目を泳がせた。彼のクラスは「モグラ叩き」をするらしい。なぜ二週間もかかったのかは、容易に想像できた。彼もまた、妥協の鬼なのだろう。
「ふーん。ま、頑張りな」
 菜津美はそれだけ言うと、颯爽と去っていった。彼女の後ろ姿を見送りながら、楓花は俊介に声をかけた。
「俊介くんも大変だね。うちも似たようなものだよ」
「楓花さんも? なんだか、気が楽になったよ。理人くんは、すごく楽しそうだけどね」
 俊介の視線の先には、理人がいた。彼は今、教室の壁に「縁日」と書かれた大きなポスターを貼ろうとしている。しかし、ポスターの端がうまく貼り付かないようだ。
「よし! いける!」
 理人は勢いよく壁にポスターを押し付ける。その瞬間、ポスターの端が破れ、壁から剥がれ落ちた。
「あーあ……」
 理人は肩を落とすが、すぐに立ち直った。
「まぁ、これも過程だよね! よし、もう一枚作ろう!」
 そのポジティブさに、楓花も俊介も苦笑いするしかなかった。
 ---
 縁日の準備は、予想以上に難航した。射的の景品は、理人の「みんなが喜ぶものにしよう!」という意見で、高級な和牛の引換券になった。しかし、その高価さにクラスメイトはドン引きしている。
「り、理人くん、これ、本当に和牛なの……?」
「もちろん! みんなが頑張ったご褒美だよ! ほら、僕が自腹で買ったんだから!」
 理人はそう言って、財布から領収書を見せた。その瞬間、クラスメイトの表情は一気に曇った。
「自腹って……。理人くん、いくら使ったの……」
 射的の景品代だけで、学園祭の予算を大幅にオーバーしている。楓花は、理人の破天荒な行動に頭を抱えた。
「ま、まぁ、いっか! みんなの笑顔が見れれば、それでいいんだから!」
 理人はそう言って、景品の和牛の引換券を棚に並べている。楓花は、このままではいけないと思った。
「理人くん、ちょっとこっち来て」
 楓花は理人を教室の隅に呼び出した。
「どうしたの? 楓花さん」
「あのね、理人くん。気持ちはすごく嬉しいんだけど、いくらなんでも和牛はまずいよ。予算が……」
「でも、みんなが喜んでくれるかなって思ってさ」
 理人は少ししょんぼりした顔になった。その表情を見て、楓花は争いを好まない性格が顔を出しそうになる。しかし、今は違う。ここで引き下がったら、私たちのクラスは破産してしまう。
「じゃあさ、和牛は『特別賞』にしよう。そして、景品はもっと安価で、でもみんなが喜んでくれそうなものにしようよ」
 楓花が提案すると、理人は目を輝かせた。
「それ、いいね! 特別賞っていう響きが最高だ! じゃあ、他の景品は、楓花さんが決めてよ!」
 またしても、流れに身を任せる楓花。結局、楓花は駄菓子屋を何店か巡って、景品を買いに行った。駄菓子やおもちゃ、ちょっとした文房具など。理人の和牛と比べると、見劣りするかもしれない。でも、これが現実だ。
 ---
 学園祭当日。私たちのクラスの縁日は、大盛況だった。射的、スーパーボールすくい、型抜き。どの企画も、子どもたちや他のクラスの生徒で賑わっている。理人は、スーパーボールすくいの店番をしながら、楽しそうに笑っていた。
「わー、すごい! こんなにたくさんすくえたよ!」
「おめでとう! すごいね!」
 理人の優しい笑顔に、子どもたちは大喜びだ。楓花は、そんな理人の姿を見て、少しだけ胸が温かくなった。
「楓花、うちのクラス、めちゃくちゃ人来てるじゃん!」
 そう言って、俊介が顔を出した。彼のクラスのモグラ叩きは、どうやら苦戦しているようだ。
「いや、うちのモグラ叩き、モグラが手作りすぎて、逆に可愛くて叩けないってクレームが殺到してるんだよ……」
 俊介の言葉に、楓花は思わず笑ってしまった。俊介のクラスのモグラ叩きは、モグラのぬいぐるみがとても可愛らしく作られていた。勝負を避ける俊介らしい、平和的なモグラ叩きだ。
「ま、それも俊介くんらしいね。でも、頑張って!」
「うん。お互い、最後まで頑張ろう!」
 俊介はそう言って、自分のクラスへと戻っていった。
 その日の午後、事件は起きた。特別賞の「和牛の引換券」が、ついに当たってしまったのだ。当たったのは、楓花たちの担任の先生だった。
「おお! これはすごい! やったぞ!」
 先生は、満面の笑みで和牛の引換券を掲げた。楓花と理人は、顔を見合わせて固まった。理人が自腹で買ったという、あの高級和牛だ。

「理人くん……」
「大丈夫だよ、楓花さん! 先生が喜んでくれたんだから、それでいいんだ!」
 理人はそう言って、最高の笑顔を見せた。楓花は、理人の優しさに、思わず言葉を失った。
 ---
 学園祭が終わり、後夜祭。校庭では、キャンプファイヤーが焚かれ、みんなで踊ったり歌ったりしている。楓花は、理人、俊介、菜津美の四人で、少し離れた場所に座っていた。
「今年の学園祭、最高に楽しかったね!」
 理人が満面の笑みで言った。彼の言葉に、俊介と菜津美も頷いた。
「ま、うちのクラスはモグラ叩きが全然盛り上がらなかったけどな」
「でも、あれ、可愛いモグラだったから、それはそれでよかったんじゃない?」
 菜津美が俊介にそう言うと、俊介は少し驚いた顔をした。人見知りの俊介は、いつも菜津美に怖がっているからだ。
「え、菜津美が、俺に優しい……」
「べつに。ただ、思ったことを言っただけ。それが私だし」
 菜津美はそう言って、焚き火の炎を見つめた。
 楓花は、理人を見た。彼は、相変わらず楽しそうだ。和牛の代金は、きっと彼のポケットマネーから消えてしまっただろう。それでも、彼は後悔している様子は微塵もなかった。
「理人くん、和牛の代金、大丈夫だった?」
 楓花が尋ねると、理人は少し困ったような顔をして笑った。
「うーん、正直、ちょっと痛い出費だったかな。でも、先生がすごく喜んでくれたからさ。それに、楓花さんも苦労して景品を選んでくれたから、みんな楽しんでくれたんだよね。ありがとう」
 理人の言葉に、楓花は顔が熱くなるのを感じた。
「いや、私は、その場の流れでそうなっただけだから……」
「それでも、楓花さんのおかげだよ。僕一人だったら、きっと縁日はできなかったから」
 理人の真っ直ぐな言葉に、楓花は何も言えなくなった。
 この学園祭は、私たち「妥協」コンビの、最強の勝利だったのかもしれない。派手な企画はなかったけど、みんなが楽しく、笑顔で過ごすことができた。それは、何よりも代えがたい「結果」だった。
「来年も、また一緒にやろうね!」
 理人の言葉に、楓花は微笑んだ。
「うん。その場の流れで、ね」
 楓花はそう言って、焚き火の炎を見つめた。夜空には満月が輝いている。私たちの最強の「妥協」物語は、まだ始まったばかりだ。

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