春の女神は夜明けに咲う(わらう)
「見せたいものが……あります」
女が何か決心したように耳元で囁いた。
「なんでしょうか?」
寄せ合っていた身体をそっと離しながら、男が問いかける。
女は立ち上がると、ほんの少し彼から離れた所に座り直した。一呼吸置き、鳩尾あたりで結んでいた腰紐に手を伸ばすと、それをゆっくりと解き始めた。
「なにを?!」
男は思わず叫んだが、彼女は構わず腰紐を解いてしまった。
もともとそれに乗っかるように包まれていた豊かな膨らみは、支えるものがなくなって重力に引かれて下に垂れてしまう。寝巻きを羽織っただけの、胸元をちらと覗かせたその姿に、男はごくりと息を呑んだ。
そのまま、女はきゅっと目を瞑りながら、寝巻きの合わせに手をかける。その手は心なしか、小さく震えているようだった。
「本当によろしいのですか?」
男が堪らず声をかける。ふと目を開けて彼に目をやると、本当に心配そうに女の瞳を真っ直ぐにじっと見つめてくれていた。その視線で少し心が落ち着いて、そっと静かに頷く。
小さく呼吸を整え、今度はしかと目を開けて、忌々しいと思っていたはずの胸元の大きな膨らみを真っ直ぐに見つめる。そして、ゆっくりと腕を広げ、その豊かな双丘を、月明かりの元に静かに晒した。
真正面からまじまじと見るそれは、昨日の昼間にうっかり見てしまった物とはまた違う印象を抱かせた。
熟れすぎた果実のように、重さに耐えかねて垂れる柔らかなその膨らみは、見慣れた果実などでは表現しきれない程の豊かさで、先端の周りに柔らかく広がる栗色の彩りが、白肌の上にひときわ浮かび上がっていた。
正直、男は一瞬理性が弾けかけた。こんな刺激的な姿を見せられて――少しずつ息が荒くなり、動悸が段々と激しくなっていくのを感じる。
しかしそれはダメだ、それは昨日の二の舞だ。握り拳を自分の心臓に押さえつけ、彼女にバレないように歯を食いしばって必死に耐えた。
目を瞑りながら一度大きな深呼吸をする――。そのまま静かに力を抜きながら、改めて彼女の透き通るようなその柔肌を脳裏に焼き付けた。
自らの長年の呪いを、今じっと見られている……そう思うと、女は頬を真紅に染めながら、眉を顰めて少し顔を背けてしまっていた。
家族の罵倒が脳裏をよぎる。化け物と呼ばれ嫌われ続けて、このような離れた地に飛ばされて――。
一人で静かに仕事が出来るだなんて、ただの建前だ。本当は大事な家族の側で静かに過ごしたかっただけなのに、この憎たらしい塊のせいでそれが叶わずにいる。
「醜い……ですよね、こんなもの……。でも、あなたには私の全てを知ってほしくて……」
「そんなことありません!とても……とても綺麗です」
女の言葉を半ば遮るように、男は力強く言った。そのあまりの勢いにはっとたじろいでしまう。そして、思わず胸元の膨らみを覆い隠すように寝巻きの合わせを閉じると、身体を丸めて縮こまってしまった。
「綺麗だなんて、そんなわけあるはずが……!」
家族の冷たい言葉で凍りきっている彼女の心は、それを真っ直ぐに受け止めることができない。しかし……。
「いいえ、醜さのかけらもありません。本当に、綺麗で美しいです」
昨日からずっと、拒まれる、拒まれると考えていた女にとって、その言葉は真に救いの言葉だった。
男はぐっと心臓に拳骨を入れて、弾けかけた理性を完全に留めると、縮こまっている彼女に近づいてそっと肩に手を触れた。一瞬びくっと身体を強張らせたが、彼の真剣な目をじっと見つめている内に徐々に力が抜けていく。
やがて男は、彼女の身体を優しく抱き寄せて腕を回し、ふわりと包み込んだ。
「ありがとうございます。あなたの想い、しかと受け止めました」
「こちらこそ……こんな私を受け入れてくれて、本当にありがとうございます……」
そう言いながら、女は真珠のような大粒の涙を溢れさせた。それは先程流した物とはちがう、とても温かくて優しい涙だった。
「こんなにも勇気を奮ってくださって……私も本当に嬉しいです。あなたの全てを受け止めてあげたい、心からそう思います」
そう言いながら男も、頬に滴を伝わせて、一層力を込めてその柔らかい身体を包み込んだ。
彼女の勇気は、男にとってかけがえのないものだった。路頭に迷って塞ぎ込んでいた自分が恥ずかしい、とさえ思えた。
きっと恐れもあったに違いない。それでも真っ直ぐに、こうして全てをさらけ出してくれた彼女の行いは、男にもまた勇気を与えてくれるものだった。
女は、癒しの匂いに包まれる腕の中で、彼の言葉を聴きながら、震える声で「はい、はい」と小さく頷いてその温もりを受け入れていた。
そんな彼女を宥めるように、男はそっと髪の毛を撫でる。その優しく心地よい感触は、女の凍っていた心を溶かしきるのに十分な温かさだった。
どれだけ時間が経ったかはわからない。昨晩二人で過ごした時よりも、さらに心地良い時が流れている。
男は彼女が落ち着くまで何度も、何度も髪を撫で続け、その度に女は天にも昇りそうな程、癒され身を委ねていた。
ふわりとした冷たい夜風が、宵がふけていることを告げるかのように、二人の頬を撫でる。そのままゆっくりと、どちらともなく身体を離した。
「そのままではお風邪を召してしまいますね」
男が少し目のやり場に困りながら言う。
一瞬女はきょとんとしたが、はだけたままの自分の胸元のことだとすぐに気づいて、湯気が出てしまいそうな程に真っ赤になりながら、合わせを抑えて腰紐に手を伸ばし、いそいそと結び始めた。
「見ました?」
「え……っと。見ていません!」
先程まじまじと見た手前、一瞬肯定しかけたが、今この瞬間のことだとすぐに察して慌てて否定した。その様子に女はくすっと笑みを溢す。
「冗談ですよ」
彼女の言葉に緊張の糸が切れたのか、男は肩の力が抜けるように、ふっと笑いをこぼした。それを見た女もつられて、涙の痕が残る顔で小さく笑う。あれだけ泣いた後で笑っている自分たちがなんだか可笑しくて、二人は肩を揺らして笑い合った。
ひとしきり笑った後、女は目を瞑って、唇を差し出す。男は一瞬面食らったが、拒む理由などあるはずもなく、そっと唇を重ねた。
それまでのどこか控えめで遠慮がちなものとは違い、お互いの存在をしっかりと確かめ合うような、深く長い口付けだった。
「ん、んっ……」
女の艶かしい声が静寂な部屋に響く。
先程理性が弾けかけた男にとって、それは刺激にもなり得るものだったかもしれない。しかし、不思議と男はそんな感情が湧くこともなく、今のこの柔らかな感触に身を溶かすように夢中になっていた。
なんの前触れもなくふと唇を離すと、彼女は心なしか艶やかな表情を浮かべながら、真っ直ぐに男の瞳を見つめて口を開いた。
「お慕い申し上げております」
それは、いままで控えめだった彼女からは想像できない程、大胆で実直な言葉だった。
本人も言葉にした直後にはっと口を押えてしまい、驚いた様子で少しばかり目を泳がせる。
「私がこんなこと言うなんて……不思議と口にしていました」
どうしましょう、と言わんばかりに目を丸くさせながら、彼に視線を向ける。
その様子に男はふふっと笑みを溢し、すぐに真剣な眼差して見つめ返した。
「私も、そんなあなたを想うと愛おしくてなりません」
彼女の言葉に、男も真っ直ぐに応えた。
女はその返事にふわっと顔を綻ばせるも、すぐに俯いて視線を逸らしてしまう。構わず見つめる彼の痛い程の視線を感じて、恐る恐る上目遣いに確かめる――と、悪戯っぽい笑みを浮かべて覗き込むように見つめる男の視線と鉢合わせてしまった。
「見ないでくださいっ」
そう言いながら、女はぎゅっと彼の身体を抱きしめながら、その胸の中に顔を埋めてしまった。
男はくすくすと笑いながら、ひしと包み込んで再び彼女の髪を撫でる。
やがて、女はゆっくりと顔をあげ、静かに彼の瞳を見つめる。そのまま、それぞれの想いを確認し合うかのように、再び口付けを交わすのだった。
女が何か決心したように耳元で囁いた。
「なんでしょうか?」
寄せ合っていた身体をそっと離しながら、男が問いかける。
女は立ち上がると、ほんの少し彼から離れた所に座り直した。一呼吸置き、鳩尾あたりで結んでいた腰紐に手を伸ばすと、それをゆっくりと解き始めた。
「なにを?!」
男は思わず叫んだが、彼女は構わず腰紐を解いてしまった。
もともとそれに乗っかるように包まれていた豊かな膨らみは、支えるものがなくなって重力に引かれて下に垂れてしまう。寝巻きを羽織っただけの、胸元をちらと覗かせたその姿に、男はごくりと息を呑んだ。
そのまま、女はきゅっと目を瞑りながら、寝巻きの合わせに手をかける。その手は心なしか、小さく震えているようだった。
「本当によろしいのですか?」
男が堪らず声をかける。ふと目を開けて彼に目をやると、本当に心配そうに女の瞳を真っ直ぐにじっと見つめてくれていた。その視線で少し心が落ち着いて、そっと静かに頷く。
小さく呼吸を整え、今度はしかと目を開けて、忌々しいと思っていたはずの胸元の大きな膨らみを真っ直ぐに見つめる。そして、ゆっくりと腕を広げ、その豊かな双丘を、月明かりの元に静かに晒した。
真正面からまじまじと見るそれは、昨日の昼間にうっかり見てしまった物とはまた違う印象を抱かせた。
熟れすぎた果実のように、重さに耐えかねて垂れる柔らかなその膨らみは、見慣れた果実などでは表現しきれない程の豊かさで、先端の周りに柔らかく広がる栗色の彩りが、白肌の上にひときわ浮かび上がっていた。
正直、男は一瞬理性が弾けかけた。こんな刺激的な姿を見せられて――少しずつ息が荒くなり、動悸が段々と激しくなっていくのを感じる。
しかしそれはダメだ、それは昨日の二の舞だ。握り拳を自分の心臓に押さえつけ、彼女にバレないように歯を食いしばって必死に耐えた。
目を瞑りながら一度大きな深呼吸をする――。そのまま静かに力を抜きながら、改めて彼女の透き通るようなその柔肌を脳裏に焼き付けた。
自らの長年の呪いを、今じっと見られている……そう思うと、女は頬を真紅に染めながら、眉を顰めて少し顔を背けてしまっていた。
家族の罵倒が脳裏をよぎる。化け物と呼ばれ嫌われ続けて、このような離れた地に飛ばされて――。
一人で静かに仕事が出来るだなんて、ただの建前だ。本当は大事な家族の側で静かに過ごしたかっただけなのに、この憎たらしい塊のせいでそれが叶わずにいる。
「醜い……ですよね、こんなもの……。でも、あなたには私の全てを知ってほしくて……」
「そんなことありません!とても……とても綺麗です」
女の言葉を半ば遮るように、男は力強く言った。そのあまりの勢いにはっとたじろいでしまう。そして、思わず胸元の膨らみを覆い隠すように寝巻きの合わせを閉じると、身体を丸めて縮こまってしまった。
「綺麗だなんて、そんなわけあるはずが……!」
家族の冷たい言葉で凍りきっている彼女の心は、それを真っ直ぐに受け止めることができない。しかし……。
「いいえ、醜さのかけらもありません。本当に、綺麗で美しいです」
昨日からずっと、拒まれる、拒まれると考えていた女にとって、その言葉は真に救いの言葉だった。
男はぐっと心臓に拳骨を入れて、弾けかけた理性を完全に留めると、縮こまっている彼女に近づいてそっと肩に手を触れた。一瞬びくっと身体を強張らせたが、彼の真剣な目をじっと見つめている内に徐々に力が抜けていく。
やがて男は、彼女の身体を優しく抱き寄せて腕を回し、ふわりと包み込んだ。
「ありがとうございます。あなたの想い、しかと受け止めました」
「こちらこそ……こんな私を受け入れてくれて、本当にありがとうございます……」
そう言いながら、女は真珠のような大粒の涙を溢れさせた。それは先程流した物とはちがう、とても温かくて優しい涙だった。
「こんなにも勇気を奮ってくださって……私も本当に嬉しいです。あなたの全てを受け止めてあげたい、心からそう思います」
そう言いながら男も、頬に滴を伝わせて、一層力を込めてその柔らかい身体を包み込んだ。
彼女の勇気は、男にとってかけがえのないものだった。路頭に迷って塞ぎ込んでいた自分が恥ずかしい、とさえ思えた。
きっと恐れもあったに違いない。それでも真っ直ぐに、こうして全てをさらけ出してくれた彼女の行いは、男にもまた勇気を与えてくれるものだった。
女は、癒しの匂いに包まれる腕の中で、彼の言葉を聴きながら、震える声で「はい、はい」と小さく頷いてその温もりを受け入れていた。
そんな彼女を宥めるように、男はそっと髪の毛を撫でる。その優しく心地よい感触は、女の凍っていた心を溶かしきるのに十分な温かさだった。
どれだけ時間が経ったかはわからない。昨晩二人で過ごした時よりも、さらに心地良い時が流れている。
男は彼女が落ち着くまで何度も、何度も髪を撫で続け、その度に女は天にも昇りそうな程、癒され身を委ねていた。
ふわりとした冷たい夜風が、宵がふけていることを告げるかのように、二人の頬を撫でる。そのままゆっくりと、どちらともなく身体を離した。
「そのままではお風邪を召してしまいますね」
男が少し目のやり場に困りながら言う。
一瞬女はきょとんとしたが、はだけたままの自分の胸元のことだとすぐに気づいて、湯気が出てしまいそうな程に真っ赤になりながら、合わせを抑えて腰紐に手を伸ばし、いそいそと結び始めた。
「見ました?」
「え……っと。見ていません!」
先程まじまじと見た手前、一瞬肯定しかけたが、今この瞬間のことだとすぐに察して慌てて否定した。その様子に女はくすっと笑みを溢す。
「冗談ですよ」
彼女の言葉に緊張の糸が切れたのか、男は肩の力が抜けるように、ふっと笑いをこぼした。それを見た女もつられて、涙の痕が残る顔で小さく笑う。あれだけ泣いた後で笑っている自分たちがなんだか可笑しくて、二人は肩を揺らして笑い合った。
ひとしきり笑った後、女は目を瞑って、唇を差し出す。男は一瞬面食らったが、拒む理由などあるはずもなく、そっと唇を重ねた。
それまでのどこか控えめで遠慮がちなものとは違い、お互いの存在をしっかりと確かめ合うような、深く長い口付けだった。
「ん、んっ……」
女の艶かしい声が静寂な部屋に響く。
先程理性が弾けかけた男にとって、それは刺激にもなり得るものだったかもしれない。しかし、不思議と男はそんな感情が湧くこともなく、今のこの柔らかな感触に身を溶かすように夢中になっていた。
なんの前触れもなくふと唇を離すと、彼女は心なしか艶やかな表情を浮かべながら、真っ直ぐに男の瞳を見つめて口を開いた。
「お慕い申し上げております」
それは、いままで控えめだった彼女からは想像できない程、大胆で実直な言葉だった。
本人も言葉にした直後にはっと口を押えてしまい、驚いた様子で少しばかり目を泳がせる。
「私がこんなこと言うなんて……不思議と口にしていました」
どうしましょう、と言わんばかりに目を丸くさせながら、彼に視線を向ける。
その様子に男はふふっと笑みを溢し、すぐに真剣な眼差して見つめ返した。
「私も、そんなあなたを想うと愛おしくてなりません」
彼女の言葉に、男も真っ直ぐに応えた。
女はその返事にふわっと顔を綻ばせるも、すぐに俯いて視線を逸らしてしまう。構わず見つめる彼の痛い程の視線を感じて、恐る恐る上目遣いに確かめる――と、悪戯っぽい笑みを浮かべて覗き込むように見つめる男の視線と鉢合わせてしまった。
「見ないでくださいっ」
そう言いながら、女はぎゅっと彼の身体を抱きしめながら、その胸の中に顔を埋めてしまった。
男はくすくすと笑いながら、ひしと包み込んで再び彼女の髪を撫でる。
やがて、女はゆっくりと顔をあげ、静かに彼の瞳を見つめる。そのまま、それぞれの想いを確認し合うかのように、再び口付けを交わすのだった。