春の女神は夜明けに咲う(わらう)
第六章 その手は離せない
「いただきます!」
ぱんっと柏手を打つ音が今日も居間に響き渡る。
「はい、召し上がれ」
女もまた、いつものように呼びかけた。
彼は相変わらず、一口食す度に輝かせた視線をこちらに向けてくれている。頬にうっすら残る色付いた線が、先程までの時を思い起こさせ、女は愛おしそうにその表情を眺めていた。
多くの言葉は交わさない。それでも二人は互いの気持ちを感じ取っているのか、食事と共に噛み締めるように、同じ時間を過ごしていた。
湯浴みも、昨夜と同じく男が先に湯を焚いて女が湯船に浸かっていた。
本当は一日絵を描いてくれた彼に、今日こそ先に入って貰いたかったのだが、「座り続けていたあなたの方がお辛いでしょう」と譲らなかったので、その好意に甘えることになった。
「湯加減は如何ですか?」
いつものように男が問い掛ける。
「はい。とても――良いです」
少しだけ、言葉を詰まらせながら静かに答えた。
からん、からんという薪の音だけが響く静寂。その音が一瞬なくなっても、女はもう不安になったりはしなかった。
湯の中で全身を清めるように静かに撫で、時折小窓から吹く風に静かな時の流れを感じる。
女は心なしか昨夜よりもまた長く、湯船に浸かっているのだった。
男が湯から上がり、部屋の襖を開けると、月明かりに照らされたそこには、彼女が用意したのだろう、二組の布団が寄り添うように並べられていた。
その片割れの上には、牡丹のように座る彼女の姿――その様に、どきっと心臓が震える。
昼間描いていた時とは違う髪型、しかしどこか馴染みのある、髪紐で簡素に束ねられたそれは、月明かりと小さなランプに照らされて、仄かに輝いていた。
男は思わず見惚れてしばらく佇んでいたが、それに気づいたのか、彼女は静かにそっと振り向いた。
その表情は、いつもの儚げに微笑んだものではなかった。
小さな灯りに影を帯びて、どこか物憂げで――子犬のようにすがるあの視線で、じっと彼の瞳を見つめているのだった。
そんな眼差しを見つめ返し、密かにぐっと拳を握りながら、男は静かに彼女に近づき目の前で跪く。そして、そっとその髪を撫でるように手を添えながら、おずおずと口を開いた。
「どうして、そんなお顔をなさっているのですか?」
核心に触れる問いだとわかっていた。しかし、彼女のすがるような眼差しを見ていたら、問わずにはいられなかった。
女は、添えられた彼の手に、自らの震える手をそっと重ねながら、真っ直ぐにその瞳を見つめて答えた。
「行って――しまわれるのですよね?」
その一言は、二人の心に深く――突き刺さった。
男は溢れ出る感情を抑えるように、咄嗟に震える彼女の身体を抱き寄せ、強く腕の中に包み込んだ。女もそれを受け入れ、彼の背中に腕を回してひしと抱きしめる。
互いの温もりがじんわりと、全身を包み込んでいく。いまここにいる彼の存在を改めて強く実感した女は、瞳から雫をぽろぽろと溢していた。
「はい……私は、明日にここを発とうと思います」
男の声もまた、心なしか震えていた。
去ってしまうことが確信に変わるその一言が耳元に囁かれた時、女はさらに雫を溢れさせた。
「早く言うべきだったかもしれません。本当に、本当にごめんなさい……」
「謝らないでください。こうなることは、わかっておりました。私は、あなたの志を……応援したいのです……!」
言葉を詰まらせながら、精一杯の気持ちを彼に伝える。その気持ちは男の胸に痛い程響き、一層強く、優しく――彼女の身体を抱きしめた。
ゆっくりと身体を離しながら、互いの吐息が交わるほどの距離で瞳を見つめ合う。
女はふと目を閉じたかと思うと、自ら口を差し出して、彼の唇にそっと触れた。優しさの籠った一瞬の口付け――しかし、それだけでは足りないと言わんばかりに、今度は男から想いに応えるように、すぐに唇を重ねる。
最初は静かに、そっと触れ合う程度だったが、段々と熱を帯びて――求め合うように互いの感触を味わい続けていた。
それぞれの甘い匂いに刺激されて、少しずつ互いの息が乱れ、交わう度に乱れた吐息と湿った音が月明かりの部屋に滲む。
そして男はそのまま、彼女に覆い被さるように布団に倒れ込んでしまった。
そっと顔を離し、彼女の瞳を見つめる。その赤く腫れた目元は、切なく愛おしそうに男を見つめていた。
男は、彼女の胸元に、恐る恐る手を伸ばす。しかし、その手は触れる寸前で、ぴたりと空中で止まった。一昨日の夜の、彼女のあの悲しい顔が脳裏をよぎる――指先が、彼の意思とは裏腹に微かに震えていた。
ふと、その震えを包むように、女が手を差し延べる。そしてそのまま、自らの胸元に導いて、その豊かな膨らみにそっと触れさせた。
「んっ――」
女は彼の手の感触に、一瞬びくっと身を震わせ、身体を強張らせる。
男はその反応を見て、唇を噛み締めながら手を引こうとした。しかし、彼女は膨らみに触れているその手を離さぬまま、訴えかけるような眼差しで、静かに首を横に振った。
その様に男は一度目を瞑り、呼吸を整える――やがて、何かを決意したように、彼女に向き直り、その豊かな膨らみを掌で包んで、ゆっくりと力を込める。
「あ……んっ……」
彼女が悩ましい声を漏らす。一瞬手が止まってしまうが、またすぐに包んだ柔肌を、弧を描くように優しく抱き寄せた。
「はぁ……はぁ……あぁっ……」
少しずつ女は息を切らし、声を甘く蕩けさせていく。次第に強張らせた身体の力が抜け、彼に身を委ねていった。
彼女のその反応に、男もまた微かに動悸を感じていた。それはまるで、抑え込んでいた自らの本能が、少しずつ解かれていくようだった。
徐に、彼女の胸元を包む、服の合わせに手をかける。女は、顔を耳まで紅潮させながら、きゅっと目を瞑って視線を背けてしまった。
その表情に、また男は少し躊躇ってしまうが、彼女は全く拒もうとはしていなかった。むしろ、今から起こることに覚悟を決めているかのように、力を抜いて、じっと彼の次の行動を待ち侘びているようだった。
その様子に気づいた男は、静かに頷いた後、ゆっくりと――女の胸元をはだけさせていく。
布が滑り落ちる音と共に、彼女の汗の匂いがふわりと漂ってくる。そのまま脇の下まで合わせを開くと、重みのある豊かな二つの熟れた果実が、淡い灯りの下にそっと露わになった。
女は、汗ばむ肌を撫でる風の感触で、自らの膨らみが彼の眼前に晒されていることを察した。たまらず両手で顔を覆い隠してしまう。
「あまり、見ないで……ください……」
思わず拒むような言葉を向けるが、男は視線を逸らすことなく、むしろまじまじと見つめ続けている。
彼女の身体の曲線は、どんな名画のそれよりも官能的で、神々しかった。
「――ああ……やっぱり、綺麗だ」
その囁きに、女は湯気が出てしまいそうな程に、顔が熱くなっていくのを感じる。
どんな恋愛小説の言葉を尽くしても、今のこの感情は書き表すことは出来ないだろう。
男は、目の前の膨らみに直接、両の掌を添えた。
「んっ……あぁっ……」
彼の熱を帯びた手が直接胸に重なり、女は再び甘い声を漏らした。
指先を押し込む度に仄かに反発するその感触を、じっくりと掌に刻んでいく。
やがて、重みのあるその膨らみをやっと支えながら、硬くなった先端の突起を上に向けると、ふわりとそれを口に含ませてしまった。
「ぁんっ……!」
その感触に、女は思わず声を上げる。啜るたびに湿った音が静寂に紛れ、徐々に大きく響いていく。
「あっ……んぅっ……はぁはぁ――」
女の声や吐息も、それに呼応してさらに乱れていった。
不意に、先端を啜る男の姿が赤子のようにも思えて、彼女の中に愛おしさが湧き上がり、背中に腕を回して抱き寄せるようにぎゅっと彼を包む。
男はそんな彼女の汗ばむ柔肌に密着し、甘い香りに身を溶かしていく。
――ああ、この柔らかさと匂い……もう、駄目だ。愛おしくて、たまらない。
そしてついに、男を抑え込んでいた何かが弾けてしまった。
抑えきれないほどの衝動が湧いてしまい、包み込む掌に力がこもり、双丘を啜る様も昂った本能のまま、無我夢中に彼女の豊かな身体を求めた。
「あぁっ……!だめっ、激し――んぅ……っ!」
赤子の様相から一転し、箍が外れたかのように身体を求めている――そんな姿に女は一瞬戸惑うも、背中に回している腕には無意識に力が入り、拒否する言葉とは裏腹に、雄と化した彼の身をさらに抱き寄せていた。
自分もまた、彼と同じように雌になっている――そんなことを静かに悟り、目を蕩けさせながら、快楽の海に身を投じていった。
そこからの出来事はあまりよく覚えていない。時間は意味を失い、彼の滾った欲望と、愛しさで溢れる深い泉で応える熱だけがあった。唇が何度重なったかも、全身を巡る温もりがどちらのものかも分からない。
二人の立ち込める汗の匂いの中で行われたその儀式は、神聖なものとは程遠い、ただ互いの存在を確かめ合う本能だけがあった。
ぱんっと柏手を打つ音が今日も居間に響き渡る。
「はい、召し上がれ」
女もまた、いつものように呼びかけた。
彼は相変わらず、一口食す度に輝かせた視線をこちらに向けてくれている。頬にうっすら残る色付いた線が、先程までの時を思い起こさせ、女は愛おしそうにその表情を眺めていた。
多くの言葉は交わさない。それでも二人は互いの気持ちを感じ取っているのか、食事と共に噛み締めるように、同じ時間を過ごしていた。
湯浴みも、昨夜と同じく男が先に湯を焚いて女が湯船に浸かっていた。
本当は一日絵を描いてくれた彼に、今日こそ先に入って貰いたかったのだが、「座り続けていたあなたの方がお辛いでしょう」と譲らなかったので、その好意に甘えることになった。
「湯加減は如何ですか?」
いつものように男が問い掛ける。
「はい。とても――良いです」
少しだけ、言葉を詰まらせながら静かに答えた。
からん、からんという薪の音だけが響く静寂。その音が一瞬なくなっても、女はもう不安になったりはしなかった。
湯の中で全身を清めるように静かに撫で、時折小窓から吹く風に静かな時の流れを感じる。
女は心なしか昨夜よりもまた長く、湯船に浸かっているのだった。
男が湯から上がり、部屋の襖を開けると、月明かりに照らされたそこには、彼女が用意したのだろう、二組の布団が寄り添うように並べられていた。
その片割れの上には、牡丹のように座る彼女の姿――その様に、どきっと心臓が震える。
昼間描いていた時とは違う髪型、しかしどこか馴染みのある、髪紐で簡素に束ねられたそれは、月明かりと小さなランプに照らされて、仄かに輝いていた。
男は思わず見惚れてしばらく佇んでいたが、それに気づいたのか、彼女は静かにそっと振り向いた。
その表情は、いつもの儚げに微笑んだものではなかった。
小さな灯りに影を帯びて、どこか物憂げで――子犬のようにすがるあの視線で、じっと彼の瞳を見つめているのだった。
そんな眼差しを見つめ返し、密かにぐっと拳を握りながら、男は静かに彼女に近づき目の前で跪く。そして、そっとその髪を撫でるように手を添えながら、おずおずと口を開いた。
「どうして、そんなお顔をなさっているのですか?」
核心に触れる問いだとわかっていた。しかし、彼女のすがるような眼差しを見ていたら、問わずにはいられなかった。
女は、添えられた彼の手に、自らの震える手をそっと重ねながら、真っ直ぐにその瞳を見つめて答えた。
「行って――しまわれるのですよね?」
その一言は、二人の心に深く――突き刺さった。
男は溢れ出る感情を抑えるように、咄嗟に震える彼女の身体を抱き寄せ、強く腕の中に包み込んだ。女もそれを受け入れ、彼の背中に腕を回してひしと抱きしめる。
互いの温もりがじんわりと、全身を包み込んでいく。いまここにいる彼の存在を改めて強く実感した女は、瞳から雫をぽろぽろと溢していた。
「はい……私は、明日にここを発とうと思います」
男の声もまた、心なしか震えていた。
去ってしまうことが確信に変わるその一言が耳元に囁かれた時、女はさらに雫を溢れさせた。
「早く言うべきだったかもしれません。本当に、本当にごめんなさい……」
「謝らないでください。こうなることは、わかっておりました。私は、あなたの志を……応援したいのです……!」
言葉を詰まらせながら、精一杯の気持ちを彼に伝える。その気持ちは男の胸に痛い程響き、一層強く、優しく――彼女の身体を抱きしめた。
ゆっくりと身体を離しながら、互いの吐息が交わるほどの距離で瞳を見つめ合う。
女はふと目を閉じたかと思うと、自ら口を差し出して、彼の唇にそっと触れた。優しさの籠った一瞬の口付け――しかし、それだけでは足りないと言わんばかりに、今度は男から想いに応えるように、すぐに唇を重ねる。
最初は静かに、そっと触れ合う程度だったが、段々と熱を帯びて――求め合うように互いの感触を味わい続けていた。
それぞれの甘い匂いに刺激されて、少しずつ互いの息が乱れ、交わう度に乱れた吐息と湿った音が月明かりの部屋に滲む。
そして男はそのまま、彼女に覆い被さるように布団に倒れ込んでしまった。
そっと顔を離し、彼女の瞳を見つめる。その赤く腫れた目元は、切なく愛おしそうに男を見つめていた。
男は、彼女の胸元に、恐る恐る手を伸ばす。しかし、その手は触れる寸前で、ぴたりと空中で止まった。一昨日の夜の、彼女のあの悲しい顔が脳裏をよぎる――指先が、彼の意思とは裏腹に微かに震えていた。
ふと、その震えを包むように、女が手を差し延べる。そしてそのまま、自らの胸元に導いて、その豊かな膨らみにそっと触れさせた。
「んっ――」
女は彼の手の感触に、一瞬びくっと身を震わせ、身体を強張らせる。
男はその反応を見て、唇を噛み締めながら手を引こうとした。しかし、彼女は膨らみに触れているその手を離さぬまま、訴えかけるような眼差しで、静かに首を横に振った。
その様に男は一度目を瞑り、呼吸を整える――やがて、何かを決意したように、彼女に向き直り、その豊かな膨らみを掌で包んで、ゆっくりと力を込める。
「あ……んっ……」
彼女が悩ましい声を漏らす。一瞬手が止まってしまうが、またすぐに包んだ柔肌を、弧を描くように優しく抱き寄せた。
「はぁ……はぁ……あぁっ……」
少しずつ女は息を切らし、声を甘く蕩けさせていく。次第に強張らせた身体の力が抜け、彼に身を委ねていった。
彼女のその反応に、男もまた微かに動悸を感じていた。それはまるで、抑え込んでいた自らの本能が、少しずつ解かれていくようだった。
徐に、彼女の胸元を包む、服の合わせに手をかける。女は、顔を耳まで紅潮させながら、きゅっと目を瞑って視線を背けてしまった。
その表情に、また男は少し躊躇ってしまうが、彼女は全く拒もうとはしていなかった。むしろ、今から起こることに覚悟を決めているかのように、力を抜いて、じっと彼の次の行動を待ち侘びているようだった。
その様子に気づいた男は、静かに頷いた後、ゆっくりと――女の胸元をはだけさせていく。
布が滑り落ちる音と共に、彼女の汗の匂いがふわりと漂ってくる。そのまま脇の下まで合わせを開くと、重みのある豊かな二つの熟れた果実が、淡い灯りの下にそっと露わになった。
女は、汗ばむ肌を撫でる風の感触で、自らの膨らみが彼の眼前に晒されていることを察した。たまらず両手で顔を覆い隠してしまう。
「あまり、見ないで……ください……」
思わず拒むような言葉を向けるが、男は視線を逸らすことなく、むしろまじまじと見つめ続けている。
彼女の身体の曲線は、どんな名画のそれよりも官能的で、神々しかった。
「――ああ……やっぱり、綺麗だ」
その囁きに、女は湯気が出てしまいそうな程に、顔が熱くなっていくのを感じる。
どんな恋愛小説の言葉を尽くしても、今のこの感情は書き表すことは出来ないだろう。
男は、目の前の膨らみに直接、両の掌を添えた。
「んっ……あぁっ……」
彼の熱を帯びた手が直接胸に重なり、女は再び甘い声を漏らした。
指先を押し込む度に仄かに反発するその感触を、じっくりと掌に刻んでいく。
やがて、重みのあるその膨らみをやっと支えながら、硬くなった先端の突起を上に向けると、ふわりとそれを口に含ませてしまった。
「ぁんっ……!」
その感触に、女は思わず声を上げる。啜るたびに湿った音が静寂に紛れ、徐々に大きく響いていく。
「あっ……んぅっ……はぁはぁ――」
女の声や吐息も、それに呼応してさらに乱れていった。
不意に、先端を啜る男の姿が赤子のようにも思えて、彼女の中に愛おしさが湧き上がり、背中に腕を回して抱き寄せるようにぎゅっと彼を包む。
男はそんな彼女の汗ばむ柔肌に密着し、甘い香りに身を溶かしていく。
――ああ、この柔らかさと匂い……もう、駄目だ。愛おしくて、たまらない。
そしてついに、男を抑え込んでいた何かが弾けてしまった。
抑えきれないほどの衝動が湧いてしまい、包み込む掌に力がこもり、双丘を啜る様も昂った本能のまま、無我夢中に彼女の豊かな身体を求めた。
「あぁっ……!だめっ、激し――んぅ……っ!」
赤子の様相から一転し、箍が外れたかのように身体を求めている――そんな姿に女は一瞬戸惑うも、背中に回している腕には無意識に力が入り、拒否する言葉とは裏腹に、雄と化した彼の身をさらに抱き寄せていた。
自分もまた、彼と同じように雌になっている――そんなことを静かに悟り、目を蕩けさせながら、快楽の海に身を投じていった。
そこからの出来事はあまりよく覚えていない。時間は意味を失い、彼の滾った欲望と、愛しさで溢れる深い泉で応える熱だけがあった。唇が何度重なったかも、全身を巡る温もりがどちらのものかも分からない。
二人の立ち込める汗の匂いの中で行われたその儀式は、神聖なものとは程遠い、ただ互いの存在を確かめ合う本能だけがあった。