拝啓、元婚約者様 捨てた私のことはお構いなく
「仕事の打ち合わせだ」
「仕事の打ち合わせ? 舞踏会の夜に?」

 奇妙な話だと思った。
 舞踏会とは人々と交流して楽しむ場であり、打ち合わせをする場ではない。

「一体どなたと?」
「バナージ・ダイナーだ」
「……そうですか」

(予想通りね)
 
 バナージ・ダイナーは今日の舞踏会会場であるダイナー公爵家の嫡男で、フィーヌの婚約者でもある。
 フィーヌがここに来る直前、王立学院時代の悪友達と酒を飲みながらバカ騒ぎをしているのを見かけた。とてもこれから打ち合わせをするようには見えなかった。
 
(つまり、彼はわたくしを陥れる作戦にこの方を選んだと)

 そう。フィーヌは近い将来にホークが自分を悪者に仕立て上げて婚約破棄を目論むことをかなり前から予想していた。

(今の流れから判断するに、不貞行為を糾弾するつもりね)

 未婚の男女が休憩室にふたりきりで籠る。何もしていなくても、いかがわしい行為をしていたと見なされるのは非を見るよりも明らかだ。
 
 フィーナはドアノブを見つめるホークの横顔を窺う。
 
 (ロサイダー辺境伯って、たしかまだ二十五歳でバナージ様と同じ歳よね。死神将軍っていう噂を聞いたことがあるけど──)

 短い黒髪に意志の強そうな茶眼、長身で凛々しい彼はここヴィットーレの国境を守る守護神であり、容赦なく敵や魔物を切り捨て返り血に染まる姿はさながら〝死神〟のようだと恐れられている。
 しかし、不思議と軍服を身に纏ったホークに恐怖感はなく、むしろ精悍な印象を受けた。

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