ガーネット
放課後
本当は、もっと先生のこと見ていたい。
だけど私は、いつもすぐに家に帰る。誰よりも早く帰るのが、もう習慣みたいになっている。
「はぁーーー、疲れたーー!!」
玄関にカバンを投げて、どさっとソファに倒れ込む。
制服のスカートがちょっとめくれても、誰もいないから気にしない。
高校生って、本当に体力奪われる。
夕飯の前に、先にアレを書かないと。
うっかり寝ちゃったりしたら、記憶があいまいになってしまうから。
「よいしょっと…」
重い腰を上げて、足早に自分の部屋へと向かう。
私の部屋は、たぶん誰が見ても「普通の女子高生の部屋」。
特に隠すような写真とかポスターも貼ってないし、スマホのロック画面も推しのキャラだし。
…でも、私は知ってる。
私の“秘密”は、こっちの引き出しの中にある。
ガラッ。
引き出しの奥から取り出すのは、少しふくらんだノート。
表紙には小さく、『先生日記 No.12』と書いてある。
パラパラとめくるだけで、色んな日の記憶がフラッシュバックする。
先生と初めて喋った日。
廊下ですれ違って「おはようございます」って言ってくれた日。
先生の担当してる部活に入って、名前を覚えてもらえた日。
そして——今日。
ページの端に、日付と時間を書き込む。
『2025.8.5(水)
5:39 起床。目を6回こすってた。洗面所に行くまで5分。…今日はちょっと早め?
コンタクト:2weekを1日多く使ってた。節約…?笑
出勤時間:7:46。コーヒー缶を右手に。今日は道が空いてたのかな?
授業内容:等速直線運動 → 等加速度運動。
雑談:結婚相談所に登録した話。20人しか女性いないってぼやいてた。
接触:朝に挨拶した。目が合ったのは3回。』
「……ふぅ〜」
ため息と一緒にボールペンを置く。
今日の収穫、少なめ。
本当はもっと話したかったし、放課後とか、すれ違ったりできたら良かったのに。
ベッドにダイブ。スマホを握ったまま、片腕でぬいぐるみを抱きしめる。
このイルカのぬいぐるみ——実は、去年の誕生日に先生からもらったもの。
「ねぇ、誕生日プレゼント欲しい」って、半ば本気でねだったら、
先生がちょっと呆れた顔しながら買ってくれた。多分、冗談半分のつもりだったと思うけど、私にとってはずっとずっと宝物だ。
「……ん〜……録音、だいぶ溜まってきたなぁ」
スマホの中の“授業録音”フォルダをスクロールする。
1年分の声が詰まってる。
「先生の声が聞きたい」と思った日も、授業で疲れた日も、寂しかった日も。全部ここにある。
「容量も食うしなぁ……古いやつ、消そうかな……。でもなぁ……」
消したら、もう二度と聞けなくなる。
たとえ授業で話してた言葉でも、あの時の先生の空気感とか、ちょっとした笑い声とか、咳払いとか、全部——もう二度と録れないかもしれない。
私はもう、先生の授業を取ってない。
だから、この録音は、過去の私が未来の私に遺してくれた“時間”なんだ。
「……まぁ、また今度考えよ〜っと」
パタンとスマホを閉じて、ぬいぐるみの頭をちょんっと撫でる。
今日の夕飯はオムライス。ケチャップでハート描いて、写真撮ろう。
それからまた、先生日記の続きを書こう。