ガーネット
先生たち
シャカシャカ、シャカシャカ──
「もー!田中先生!? そのイヤホン、また音漏れしてますよ!!」
三崎先生が呆れたように言う。
「えー? 音漏れしてた? じゃあこれもう捨てだなぁ。」
俺の隣のデスクで仕事していた田中が、使い古されたイヤホンを外す。
おそらく、何度言っても買い替えないやつだ。
「新しいの買うか、イヤホンせずに仕事してくださいよ!」
「気をつけます……あ、そうだ三崎先生。今日、帰りにあそこの居酒屋寄っていきません?」
「今日は彼氏が待ってるので。無理です。」
あっさりと切られた田中は、やや項垂れた様子で苦笑いしていた。
───
夜。居酒屋にて。
「……でさ、残念だったな田中。」
俺はビールジョッキを傾けながら、田中の落ち込みを軽く茶化す。
「そうですけど、悠介さんも彼女いないですよね? もうアラサーでしょ? 僕はまだ25ですけど。」
「アラサーか。たしかにな。」
笑ってごまかす。
俺は彼女を作る気がないわけじゃない。
「このまま僕、結婚できなかったらどうしよう……」
「焦らなくていいんじゃないか? 自分のペースで。」
そのとき、遅れて永井がやってきた。
「遅くなりましたー! 聞きましたよ田中先輩! 三崎先生のこと狙ってたんすねー!」
「なんで僕ばっかり!? 悠介さんの恋愛事情の方が心配でしょ!」
「気にはなるっすけど、相葉先輩ってたぶん学校外で彼女作りそうだから、あんまり面白みないんすよね〜笑」
「なんだそれ!? 人の恋愛をなんだと思ってんだよ!おい!永井!お前は居んのか!?」
「大学からのがいますよ。」
「マジかよぉおぉお……」
苦しむ田中を横目に、俺はそっと腕時計を見る。──21:30。
ギリギリだ。
立ち上がって、椅子を引いた。
「悪い。今日はこのあと用事がある。俺はここで帰る。」
財布から適当に札を抜いてテーブルに置く。
「相葉先輩、帰っちゃうんすか?」
「また誘ってくださいよ!」
「またな。」
そう言って、俺は居酒屋の引き戸をガラガラと開けた。
──夜の空気が、火照った顔を冷やしてくれる。
ポケットから取り出した小さなイヤホンを耳に差し込む。
スイッチを入れると、ノイズ混じりの声が耳元に流れてきた。
『ザザッ、ガガッ……今日はね、先生が声かけてくれたんだよ! いつも私からばっかりだから緊張しちゃって、「え?」とか言っちゃった〜……ピコンッ……あ、アカリからだ。明日の生物の課題? やってない!! ヤバっ今からやんないとじゃん……「カエデー、お風呂入りなさーい!」はーい今行く!ドタドタドタドタ──』
思わず、笑ってしまう。
カエデ。
俺のことが好きなのは、知ってる。
ネクタイピンに小さな盗聴器が仕掛けられていることも、気づいてる。
俺はそれを──気付かないフリをしてる。
だって、見られて困るようなことなんて、何一つしていないから。
ポケットに手を入れたまま、夜道を歩く。
カエデの声は今も、イヤホンの中で生きている。
「……愛してるよ、カエデ。」
「もー!田中先生!? そのイヤホン、また音漏れしてますよ!!」
三崎先生が呆れたように言う。
「えー? 音漏れしてた? じゃあこれもう捨てだなぁ。」
俺の隣のデスクで仕事していた田中が、使い古されたイヤホンを外す。
おそらく、何度言っても買い替えないやつだ。
「新しいの買うか、イヤホンせずに仕事してくださいよ!」
「気をつけます……あ、そうだ三崎先生。今日、帰りにあそこの居酒屋寄っていきません?」
「今日は彼氏が待ってるので。無理です。」
あっさりと切られた田中は、やや項垂れた様子で苦笑いしていた。
───
夜。居酒屋にて。
「……でさ、残念だったな田中。」
俺はビールジョッキを傾けながら、田中の落ち込みを軽く茶化す。
「そうですけど、悠介さんも彼女いないですよね? もうアラサーでしょ? 僕はまだ25ですけど。」
「アラサーか。たしかにな。」
笑ってごまかす。
俺は彼女を作る気がないわけじゃない。
「このまま僕、結婚できなかったらどうしよう……」
「焦らなくていいんじゃないか? 自分のペースで。」
そのとき、遅れて永井がやってきた。
「遅くなりましたー! 聞きましたよ田中先輩! 三崎先生のこと狙ってたんすねー!」
「なんで僕ばっかり!? 悠介さんの恋愛事情の方が心配でしょ!」
「気にはなるっすけど、相葉先輩ってたぶん学校外で彼女作りそうだから、あんまり面白みないんすよね〜笑」
「なんだそれ!? 人の恋愛をなんだと思ってんだよ!おい!永井!お前は居んのか!?」
「大学からのがいますよ。」
「マジかよぉおぉお……」
苦しむ田中を横目に、俺はそっと腕時計を見る。──21:30。
ギリギリだ。
立ち上がって、椅子を引いた。
「悪い。今日はこのあと用事がある。俺はここで帰る。」
財布から適当に札を抜いてテーブルに置く。
「相葉先輩、帰っちゃうんすか?」
「また誘ってくださいよ!」
「またな。」
そう言って、俺は居酒屋の引き戸をガラガラと開けた。
──夜の空気が、火照った顔を冷やしてくれる。
ポケットから取り出した小さなイヤホンを耳に差し込む。
スイッチを入れると、ノイズ混じりの声が耳元に流れてきた。
『ザザッ、ガガッ……今日はね、先生が声かけてくれたんだよ! いつも私からばっかりだから緊張しちゃって、「え?」とか言っちゃった〜……ピコンッ……あ、アカリからだ。明日の生物の課題? やってない!! ヤバっ今からやんないとじゃん……「カエデー、お風呂入りなさーい!」はーい今行く!ドタドタドタドタ──』
思わず、笑ってしまう。
カエデ。
俺のことが好きなのは、知ってる。
ネクタイピンに小さな盗聴器が仕掛けられていることも、気づいてる。
俺はそれを──気付かないフリをしてる。
だって、見られて困るようなことなんて、何一つしていないから。
ポケットに手を入れたまま、夜道を歩く。
カエデの声は今も、イヤホンの中で生きている。
「……愛してるよ、カエデ。」