馥郁の狭間で

色香

 「良太……良太ってば」
 「あ、千明、ご、ごめん……」
 「どうしたの? ぼぉ~っとして、
最近忙しいみたいだね」
  
 俺の彼女、大木千明……
俺より二つ年上で、大手企業に勤める
将来有望株の……いわゆる『エース』的な
存在だ。
 千明の勤める会社が企画したプロジェクトに
俺が参加したのがきっかけだった。
 大人の色気を放つ彼女に惹かれた俺は、
彼女からの誘いを断ることもなく
すぐに交際に発展し恋仲になった。

 「えっと、なんだっけ?」
 「だから……どうするのこれから?」
 「これからって……」
 「もう~、女性から言わせないでよ」
 千明が口を尖らせた。
 「あ、俺たちのこれからのことか」
 「そう、私達付き合ってもう二年でしょ?
 それに、私、来年三十歳になるから……
できれば、その……良太と同じ二十代で
結婚したいなって思って……」
 と千明は恥じらうように呟いた。

 テラス席に座る俺等……
風上から香る千明の香水の匂い……。
 
 「あ、ごめん。千明の口からそんなこと
言わせて。男の俺が先に言わないと
いけないことだったね」苦笑いをする俺に、
 「いいよ。こっちこそごめんね。
なんか焦ったように見えてるかな?」
 「い、いや。そんなことはないけど」
 「はい、じゃあ、この話は一旦おしまい」
  
 正直に言うと俺はこの時、千明の言葉に
ホッとしたんだ。
 だって……結婚なんて考えても
いなかったから。
 今思うと頭がいい千明のことだから、
俺のそんな気持ちをすぐに察したの
かもしれない。


 「で、最近どうなの仕事の方は?
 なんか進展あった? あ、新人さんは?」
 話題を変えてくれた千明に応えるように、
 「仕事は順調だよ。あ、上原さん?
彼女もよく俺のこと見てくれててさ、
フォローしまくってくれてるよ。
 部署内では『バディ』って呼ばれてるんだ。
 まぁ……女房役ってとこかな……」
 「そう……」
 俺の無神経な言葉に彼女は一言返事をした。

 そして彼女は、
 「もぉ~、良太の鈍感!」
 と俺に向かってプリプリしていたんだ。

 そう、俺はすべてにおいて『鈍感』だった。
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