馥郁の狭間で

移香

 俺と上原さんが『恋に落ちる』のに、
時間は必要なかった。
 仕事が済むと、一緒に食事を楽しみ、
お酒を楽しんだ後は、彼女と身体を重ねる
日々が始まった。

 勿論、俺には『千明』という彼女が
いることも上原さんは承知の上だ。
 彼女のしたたかさを知りながら俺は、
ベットの上で彼女の身体から放たれる香りに
我を忘れる……。
 
 俺……この女性(ひと)に溺れてる。
俺には千明がいるのに……そう何度も考える日々。

 そんな時だった……
千明が俺に背を向けたまま呟いた。
 「良太……最近、ボディソープ変えた?」
 彼女の言葉に俺は思わず、
 「は? 何言ってんの?」と答えると千明は
 「だって……良太から時々金木犀(きんもくせい)の香りがするから」
 彼女の言葉に俺は手に持っていたマグカップに
注がれた珈琲を一気に飲み干すと、
 「あ~、そう言えば試供品で貰ったヤツだ」
 と見え透いた嘘をついた。
 すると、千明はくるっと向きを変え、
俺を見上げながら首に両手を回し、
 「そう……でも、私は薔薇(ばら)の香りが好き」
 と微笑んだ。
 「そうだね。千明の香水は、薔薇の香り
だったね」
 「そう……私の香りは『薔薇』」

 千明は俺の目をじっと見つめると、
静かに自分の唇を俺に重ねた。
 
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