涙のあとに咲く約束
 その横顔は、休日とは思えないほどきちんとしていて、でも、私が知っている“上司”よりもずっと柔らかい表情をしていた。

「……いえ、私も楽しかったです」
 
 そう答えながら、視線を合わせるのが怖かった。
 もし、今、目が合ってしまったら——
 
 この胸の中に芽生えた感情が、抑えきれなくなる気がしたから。

 藤堂さんには、真一くんという大切な存在がいる。
 その日常の中に踏み込むことは、誰かの居場所を奪うことになるかもしれない。
 私は、そんな人間にはなりたくない。

 ……それなのに。
 真一くんが「またあいたい」と言ってくれるたび、心の奥がふわりと浮く。
 藤堂さんが、さりげなく私の荷物を持ってくれるたび、胸の奥がじんわり温かくなる。

 これは、ただの好意じゃない。
 気づいてしまった。
 そして、気づかなかったふりをするには、もう遅いのだと悟った。

 駅に着き、三人で改札を出る。
 藤堂さんが「送るよ」と言ったけれど、私は笑って首を振った。
 
「ここで大丈夫です。……おやすみなさい」
 
 背を向けた瞬間、少しだけ後ろ髪を引かれる感覚があった。
 振り返ったら、きっと何かが変わってしまう。
 だから、足を止めなかった。

 でも、家に帰ってからも、胸の奥ではあの笑顔が、ずっと消えなかった。
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