広い世界で、あなたに出会って恋をした。
第二章 パラレルワールドへ
チリリリリ。耳に響く目覚まし時計の音が聞こえ、わたしはベッドから起き上がる。
……あれ? わたし、確か早乙女くんの家からパラレルワールドに行こうとしてーー。
もしかして、それは全部夢だったのだろうか。がっくりと肩を落とす。
仕方なく一階に行くと、お母さんがもう朝ごはんを作ってくれていた。
「おはよ、お母さん」
「おはよう、愛音。ごはん冷めないうちに食べちゃってね」
「うん」
椅子に腰掛けると、隣には有紗がいた。
けれどいつもより落ち込んでいるというか、暗い感じがする。もしかして嫌なことでもあったのだろうか。
「有紗、おはよ」
「……お姉ちゃん、おはよ」
「どうしたの? 何かあった?」
「別に何も」
何だろう、この違和感。
あの元気な有紗が今日は暗いし、お母さんもいつもより優しい気がするし。
いつもとは違うような。
「じゃあ学校行ってきます」
「あ、待って有紗! わたしも一緒に行く」
「あら、愛音、今日は有紗と登校するだなんて珍しいわね」
「え?」
お母さんは何を言っているのだろう。いつもわたしと有紗は一緒に登校しているのに。
「もしかして、喧嘩でもしたの? まぁ産まれたときからの付き合いだし、思春期だし、喧嘩なんてするわよねー」
「……待って、誰のことを言ってるの?」
産まれたときからの付き合い?
お母さんはわたしのことをからかっているの?
そう思っていると、お母さんは心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。
「決まってるじゃない。梨央ちゃんのことよ」
「えーー」
「愛音、大丈夫? 変な夢でも見たんじゃない?」
梨央。確かにお母さんはそう言った。
もしかして。これは、この世界は。
わたしのいた世界じゃない、パラレルワールドなのーー?
もしそうだとするなら、先程の違和感の辻褄が合う。違和感の理由は、パラレルワールドだったからなんだ。
「お姉ちゃん、梨央先輩が外来てるよ」
「わ、分かった。すぐ行くって伝えて」
有紗の、梨央に対する呼び方も違う。やっぱりパラレルワールドなんだ。
ドクン、ドクンと心臓の鼓動が速くなっているのが分かる。梨央に会ったらなんて言う? 何を話そう?
いっぱい伝えたいことがあるはずなのに、まとまらない。頭の中を整理しようとしても、この出来事を信じられなくて、戸惑ってしまう。
「ね、ねぇ、お母さん。今日って、何月何日?」
震える声でわたしはお母さんに問う。
「今日は九月一日、夏休み明け初日でしょ。愛音本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫」
そのときだった。
「もう、愛音遅くない? すみません、お邪魔しまーす!」
梨央の声がしたと思うと、ドアを開けた梨央が目の前にいた。
……信じられない。本当に、梨央がいる。
あぁ、懐かしい。顔も声も仕草も日常も、何もかもが。パラレルワールドだけど、梨央は変わっていない。あの頃の梨央だ。
「梨央……っ!」
「え、ちょ、愛音、どうしたの!? って、泣いてるじゃん! もしかして学校行きたくない理由てもあるの? わたしの知らないところでいじめとかされてる?」
「違う、違うの……」
「もう、ハッキリ言ってよ! 愛音を傷つけるなんてわたし許さないよ」
ブンブンと首を横に振る。
梨央に抱きついてから、離れられない。
……本当に、梨央がいるんだね。
そう思うと、何でもできる気がした。
「今朝はびっくりした。愛音があんなふうになるなんて初めてだし。本当にいじめとかされてないんだよね?」
「されてないよ、大丈夫。ごめんね、ありがとう」
「それなら良かった。学級委員兼幼馴染なんだし、もっと頼ってね」
梨央、学級委員やってるんだ。
そりゃそうか。中学一年生のとき、梨央は学級委員をやっていた。だけど亡くなってしまって、別の子が代替でやることになって……。
嫌なことを思い出してしまった。今はもう忘れよう。
「おはよー、梨央ちゃん。水川さん」
「相変わらずふたりは仲良いねぇ」
「おはよう! あはは、もちろん! 永遠の仲だよ、ね、愛音」
「そうだね」
パラレルワールドでも、席は同じなのかな。
そう思いながら教室に入ると、窓際の一番後ろの席で、外を眺めている子の姿が目に入った。
あれは……早乙女くんだ。
そうだ、すっかり忘れていた。早乙女くんはこの世界に来れたのだろうか? だとすると、早乙女くんはわたしのことを知っているはず。
わたしは恐る恐る隣の席に行き、話しかけてみた。
「あ、あの、早乙女、くん?」
「え?」
「えっと、その……こんなこと聞くのも変だけど、わたしのこと、分かる?」
「……隣の席の、水川さんでしょ」
「そ、そういうことじゃなくて! ……あれ?」
パラレルワールドのことを話さない。
もしかしてこの早乙女くんは、わたしとパラレルワールドの話をした早乙女くんじゃなくて……この世界の早乙女くん?
この世界のわたしと早乙女くんは、全然話をしたことがない様子だ。
「ご、ごめんなさい、急に話しかけちゃって」
「いや、別に」
そう言って、早乙女くんは読書をし始めた。
うそ。早乙女くん、まだ来てないんだ……。でもだいぶ時間も経ったと思うのだけど。
早乙女くんがいないというだけで、一気に不安が増した気がした。
放課後になると、早乙女くんはすぐ帰宅してしまった。
そういえば、と思いスマートフォンを開く。やはりこの世界のわたしと早乙女くんは連絡先を交換していないようだった。
「おーい、愛音! 部活行こー」
「え、部活?」
「何言ってるの、今日は活動日でしょ。本当に今日の愛音どうしちゃったのよー」
この世界の私と梨央は帰宅部ではなく、何か部活に入っているんだ……!
驚いた。何の部活に入っているんだろう?
少しワクワクした気持ちを胸に抱えながら、梨央に着いていった。
「失礼しまーす」
「し、失礼します」
部室に入る直前、飾られているポスターを見た。
“イラストクラブ”。そう書かれていた。
「梨央先輩、愛音先輩!」
「こんにちは」
……あれ。このふたり、確か。
二年生で、バスケ部のーー璃奈ちゃんと小雪ちゃんだ。
このふたりも、わたしがいた世界とは違う部活を選んだみたいだ。
「今日のテーマは“もしもの世界”だそうですよ。先生が先輩たちに伝えとけって」
「へぇ、“もしもの世界”かー。そんなのあるのかな」
「あったらすごいですよね。あ、あれ、最近流行ってるじゃないですか、えっと……パラレルワールド!」
その言葉に少し動揺してしまう。
まさに私がこの世界で言う、パラレルワールドから来た人物なのだから。
「梨央先輩はパラレルワールドがあったら行ってみたいと思います?」
「うーん、私はこの世界が一番かな。家族にも友達にも先生にも、璃奈ちゃんや小雪ちゃん、愛音にも恵まれてるから……。みんなとイラスト描いてる時間が一番大切だからさ」
「わーん、梨央せんぱーい。やっぱり、先輩大好きー!」
「あはは、大袈裟だよ。ありがとう」
わたしも、梨央の言葉には深く共感した。
この世界はきっと、一番素敵な世界なんだ。みんなが幸せになれる。
もうずっとこの世界にいたい。そう思った。
「あ、あの」
小雪ちゃんが、恐る恐る声を掛けてきた。
「愛音先輩はパラレルワールド、行ってみたいと思いますか」
「わたし、は……行ってみたいと思ってたけど、今はこの世界が一番好きだよ」
「先輩も……やっぱりそうなんですね」
小雪ちゃんはそう言って悲しそうに俯いた。
その理由を、わたしは聞くことができなかった。
……あれ? わたし、確か早乙女くんの家からパラレルワールドに行こうとしてーー。
もしかして、それは全部夢だったのだろうか。がっくりと肩を落とす。
仕方なく一階に行くと、お母さんがもう朝ごはんを作ってくれていた。
「おはよ、お母さん」
「おはよう、愛音。ごはん冷めないうちに食べちゃってね」
「うん」
椅子に腰掛けると、隣には有紗がいた。
けれどいつもより落ち込んでいるというか、暗い感じがする。もしかして嫌なことでもあったのだろうか。
「有紗、おはよ」
「……お姉ちゃん、おはよ」
「どうしたの? 何かあった?」
「別に何も」
何だろう、この違和感。
あの元気な有紗が今日は暗いし、お母さんもいつもより優しい気がするし。
いつもとは違うような。
「じゃあ学校行ってきます」
「あ、待って有紗! わたしも一緒に行く」
「あら、愛音、今日は有紗と登校するだなんて珍しいわね」
「え?」
お母さんは何を言っているのだろう。いつもわたしと有紗は一緒に登校しているのに。
「もしかして、喧嘩でもしたの? まぁ産まれたときからの付き合いだし、思春期だし、喧嘩なんてするわよねー」
「……待って、誰のことを言ってるの?」
産まれたときからの付き合い?
お母さんはわたしのことをからかっているの?
そう思っていると、お母さんは心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。
「決まってるじゃない。梨央ちゃんのことよ」
「えーー」
「愛音、大丈夫? 変な夢でも見たんじゃない?」
梨央。確かにお母さんはそう言った。
もしかして。これは、この世界は。
わたしのいた世界じゃない、パラレルワールドなのーー?
もしそうだとするなら、先程の違和感の辻褄が合う。違和感の理由は、パラレルワールドだったからなんだ。
「お姉ちゃん、梨央先輩が外来てるよ」
「わ、分かった。すぐ行くって伝えて」
有紗の、梨央に対する呼び方も違う。やっぱりパラレルワールドなんだ。
ドクン、ドクンと心臓の鼓動が速くなっているのが分かる。梨央に会ったらなんて言う? 何を話そう?
いっぱい伝えたいことがあるはずなのに、まとまらない。頭の中を整理しようとしても、この出来事を信じられなくて、戸惑ってしまう。
「ね、ねぇ、お母さん。今日って、何月何日?」
震える声でわたしはお母さんに問う。
「今日は九月一日、夏休み明け初日でしょ。愛音本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫」
そのときだった。
「もう、愛音遅くない? すみません、お邪魔しまーす!」
梨央の声がしたと思うと、ドアを開けた梨央が目の前にいた。
……信じられない。本当に、梨央がいる。
あぁ、懐かしい。顔も声も仕草も日常も、何もかもが。パラレルワールドだけど、梨央は変わっていない。あの頃の梨央だ。
「梨央……っ!」
「え、ちょ、愛音、どうしたの!? って、泣いてるじゃん! もしかして学校行きたくない理由てもあるの? わたしの知らないところでいじめとかされてる?」
「違う、違うの……」
「もう、ハッキリ言ってよ! 愛音を傷つけるなんてわたし許さないよ」
ブンブンと首を横に振る。
梨央に抱きついてから、離れられない。
……本当に、梨央がいるんだね。
そう思うと、何でもできる気がした。
「今朝はびっくりした。愛音があんなふうになるなんて初めてだし。本当にいじめとかされてないんだよね?」
「されてないよ、大丈夫。ごめんね、ありがとう」
「それなら良かった。学級委員兼幼馴染なんだし、もっと頼ってね」
梨央、学級委員やってるんだ。
そりゃそうか。中学一年生のとき、梨央は学級委員をやっていた。だけど亡くなってしまって、別の子が代替でやることになって……。
嫌なことを思い出してしまった。今はもう忘れよう。
「おはよー、梨央ちゃん。水川さん」
「相変わらずふたりは仲良いねぇ」
「おはよう! あはは、もちろん! 永遠の仲だよ、ね、愛音」
「そうだね」
パラレルワールドでも、席は同じなのかな。
そう思いながら教室に入ると、窓際の一番後ろの席で、外を眺めている子の姿が目に入った。
あれは……早乙女くんだ。
そうだ、すっかり忘れていた。早乙女くんはこの世界に来れたのだろうか? だとすると、早乙女くんはわたしのことを知っているはず。
わたしは恐る恐る隣の席に行き、話しかけてみた。
「あ、あの、早乙女、くん?」
「え?」
「えっと、その……こんなこと聞くのも変だけど、わたしのこと、分かる?」
「……隣の席の、水川さんでしょ」
「そ、そういうことじゃなくて! ……あれ?」
パラレルワールドのことを話さない。
もしかしてこの早乙女くんは、わたしとパラレルワールドの話をした早乙女くんじゃなくて……この世界の早乙女くん?
この世界のわたしと早乙女くんは、全然話をしたことがない様子だ。
「ご、ごめんなさい、急に話しかけちゃって」
「いや、別に」
そう言って、早乙女くんは読書をし始めた。
うそ。早乙女くん、まだ来てないんだ……。でもだいぶ時間も経ったと思うのだけど。
早乙女くんがいないというだけで、一気に不安が増した気がした。
放課後になると、早乙女くんはすぐ帰宅してしまった。
そういえば、と思いスマートフォンを開く。やはりこの世界のわたしと早乙女くんは連絡先を交換していないようだった。
「おーい、愛音! 部活行こー」
「え、部活?」
「何言ってるの、今日は活動日でしょ。本当に今日の愛音どうしちゃったのよー」
この世界の私と梨央は帰宅部ではなく、何か部活に入っているんだ……!
驚いた。何の部活に入っているんだろう?
少しワクワクした気持ちを胸に抱えながら、梨央に着いていった。
「失礼しまーす」
「し、失礼します」
部室に入る直前、飾られているポスターを見た。
“イラストクラブ”。そう書かれていた。
「梨央先輩、愛音先輩!」
「こんにちは」
……あれ。このふたり、確か。
二年生で、バスケ部のーー璃奈ちゃんと小雪ちゃんだ。
このふたりも、わたしがいた世界とは違う部活を選んだみたいだ。
「今日のテーマは“もしもの世界”だそうですよ。先生が先輩たちに伝えとけって」
「へぇ、“もしもの世界”かー。そんなのあるのかな」
「あったらすごいですよね。あ、あれ、最近流行ってるじゃないですか、えっと……パラレルワールド!」
その言葉に少し動揺してしまう。
まさに私がこの世界で言う、パラレルワールドから来た人物なのだから。
「梨央先輩はパラレルワールドがあったら行ってみたいと思います?」
「うーん、私はこの世界が一番かな。家族にも友達にも先生にも、璃奈ちゃんや小雪ちゃん、愛音にも恵まれてるから……。みんなとイラスト描いてる時間が一番大切だからさ」
「わーん、梨央せんぱーい。やっぱり、先輩大好きー!」
「あはは、大袈裟だよ。ありがとう」
わたしも、梨央の言葉には深く共感した。
この世界はきっと、一番素敵な世界なんだ。みんなが幸せになれる。
もうずっとこの世界にいたい。そう思った。
「あ、あの」
小雪ちゃんが、恐る恐る声を掛けてきた。
「愛音先輩はパラレルワールド、行ってみたいと思いますか」
「わたし、は……行ってみたいと思ってたけど、今はこの世界が一番好きだよ」
「先輩も……やっぱりそうなんですね」
小雪ちゃんはそう言って悲しそうに俯いた。
その理由を、わたしは聞くことができなかった。