十六夜月のラブレター
酔っているからじゃない。

逆に酔いが醒めてしまうほど衝撃的な言葉。

なんだ、そういうことか……道理で入谷さんのことを思い出せないはずだ。

「離してください」

私は静かに言った。

でも、抱きしめてくる入谷さんの両腕は力強く振り払った。

驚いた顔で入谷さんが私を見ている。

「どうしたの? そんなに顔色変えて……」

「私じゃないから。入谷さんが思い出してほしかったの、私なんかじゃないんです!」

叫ぶように言い放ちながら自分でも気付かないうちに泣いていた。

呆気にとられて立ち尽くす入谷さんを残したまま、私は新しいタクシーを捕まえて乗り込もうとした。

「待って!」

入谷さんが後ろから私の片手を掴む。

「ごめん、違うんだ! そうじゃなくて……」

「私じゃダメなんです。私じゃ……御馳走までしてもらったのにごめんなさい。お先に失礼します」

私は入谷さんの手を振り払うとタクシーに乗り込み自宅へと向かった。

夜の街を走って行くタクシーの中で涙と共に後悔の気持ちが溢れてくる。

ああ、なんて大人気のない対応をしてしまったんだろう。

ああ、なんでこんなにも涙が出てくるんだろう。

まるで封印していたパンドラの箱を開けられたように。

信じられないくらい一瞬で自分を見失っていたあの頃に戻ってしまった。

私が私じゃなくなるトリガー。

それは、雪見と間違えられることだから。
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