十六夜月のラブレター

十六夜月のラブレター

入谷さんから何も連絡はこないまま、お好み焼きパーティーのお仕置きデートは自然消滅した。

休日の予定がなくなって時間を持て余した私は、久しぶりにマドレーヌを焼くことにした。

小学生や中学生の頃の私にとって、マドレーヌを焼くことはセラピーだったのかもしれない。

焼き上がるまでの時間、甘くて香ばしい香りを感じながら本を読むのが好きだった。

お気に入りのシェル型に生地を流し込んでオーブンへ。

でも、高校生になってからはマドレーヌを焼くことはなくなっていたのに。

どうして今、マドレーヌを焼いてるの?

それは今日、雪見と入谷さんがデートして付き合うことになるから。

私は入谷さんに近付き過ぎた。

心を許し過ぎた。

自分でも気付かないうちに好きになってた。

でももうこの気持ちを誰かに言うこともないし、入谷さんと雪見が一緒にいる現実を見ればすぐに忘れられるはず。

そんなことを考えているうちにマドレーヌが焼き上がった。

昔から使っているから型のテフロン加工が剥がれててバターを多めに塗ったのに生地が型にくっついてしまった。

まるで皮膚呼吸させるかのように慎重に生地を型から外したけどきれいにできなかった。

ずっと大事にしていたお気に入りだけど、捨てなきゃいけない時が来たのかも。

私は思い出の詰まったマドレーヌ型を次の不燃ごみ回収日に捨てることにした。

いつの間にかソファーで眠ってしまっていてインターフォンの呼び出し音で目を覚ます。

カーテンを開けたままの窓の外はもう暗くなっていた。

訪ねてきたのは雪見だった。

「どうしたの? なんか元気ないよ?」

明らかに元気がない雪見の目からぽろぽろと涙が零れた。

「ごめんね、月見ちゃん」
< 39 / 47 >

この作品をシェア

pagetop