十六夜月のラブレター
「ショックって。先に私の事雪見だって言ったのは入谷さんです」

「だから、そのことはもう謝ったじゃん」

あ、なんか、嫌だ、この感じ。

こういう人との争いごとは嫌いだ。心が痛くなるから。

人と関わりたくなくて陰キャをやっているのに。

「ごめんなさい、私が悪かったです。もう行きますね」

笑顔でそう言ってマンションの中に入ろうとすると、いきなり強い力で後ろから抱きしめられた。

「ごめん。怒らないで」

「怒ってないです」

それでも入谷さんは離してくれなかった。

「そんなに言うなら雪見ちゃんと付き合うよ。これでいい?」

抱き締められて入谷さんの声もこんなに近くで聞こえるのに、今まででいちばん遠くに感じる。

「それなら嬉しいです」

入谷さんの顔を見ないまま答えると解放された。

振り返ると入谷さんは私をまっすぐに見つめて言った。

「最後に一つだけ教えて。過去とか関係なくて普通に会社の先輩として出会ってたら、俺に興味持ってくれてた?」

心の中ではすぐに「はい」と答えていた。

と同時に、雪見の牽制の言葉を思い出した。

入谷さんのことを好きじゃないと言ったのは私。

雪見の恋を応援すると言ったのは私。

「私と入谷さんは北極と南極くらい正反対の位置にいます。だから、興味を持つことはないです」

「……わかった。俺でも落とせない女がいるなんていい勉強になったよ。いろいろごめんね。それじゃ」

何もなかったように笑顔で去って行く入谷さんの背中を見ながら、私の胸は締め付けられて痛かった。

欲しいものが目の前にあっても、雪見に遠慮して欲しいと言えずに我慢し続けていた頃を思い出して。
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