夜探偵事務所と八尺様
【京都・九条邸】
玄関の扉に貼られた御札が
青白い霊力の残光を放ち
静かに消える
仁はどす黒く変色した盛り塩を
新しい清めの塩と交換した
母親はその後ろで
ただ必死に手を合わせ拝んでいる
家の中に
束の間の静寂が戻った
だがそれは
本当の恐怖の始まりを告げる
合図だった
コン……コン……
リビングの窓だった
何者かが
外から窓を
指で叩いている
コン……コン……
そして
あの声が聞こえる
『ぽ……ぽ、ぽ、ぽ……』
声はすぐに消えた
だが
ノックの音は止まらない
今度は風呂場の窓が叩かれる
コン……コン……
次はキッチンの窓
コン……コンコン……
一階の全ての窓を
順番に
ゆっくりと
確かめるように
何者かが叩いて回っている
母親が悲鳴を上げ
リビングの盛り塩を指差した
真っ白だったはずの塩が
また
どす黒く変色し始めている
仁は舌打ちをすると
懐から御札の束を取り出した
仁:「九条さん!奥さんを頼む!」
彼はリビングの窓に
霊力を込めた御札を一枚
叩きつけるように貼った!
ノックの音が、ぴたりと止む
だが
すぐに
別の窓から音がし始める
まるで
もぐらたたきだ
仁は一階の全ての窓に
御札を貼り終えると
階段を駆け上がった
二階も
同じだった
廊下の窓
寝室の窓
あらゆる窓が
外からコツコツと叩かれている
そして
とうとう
その音は
遥人君の部屋の窓へとたどり着いた
コン……コン……
その音に呼応するように
声が聞こえる
すぐそこで
窓の外にヤツがいる
『ぽ……ぽぽぽ……ぽぽぽぽぽ……』
部屋の中
遥人は耳を固く塞ぎ
布団の中でエビのように丸まっている
彼の小さな体が
恐怖でガタガタと震えていた
仁が遥人君の部屋のドアの外で
最後の御札を窓の方角へ投げつける
ようやく
全ての音が止んだ
家は
再び完全な静寂に包まれた
だが
誰も口を開かない
誰も動けない
終わったのではない
ただ
嵐の目に
入っただけだと
誰もが理解していたからだ