夜探偵事務所と八尺様
第三章:籠城の九条家
第三章:籠城の九条家


【同日・夜 ― 京都・九条邸】
陽が落ち
九条邸は深い静寂に包まれた
だがそれは安らぎの静寂ではない
嵐の前の不気味な静けさだった
二階の子供部屋
そこは二重の結界に守られた聖域
遥人はただ一人
ベッドの中で息を殺していた
二階の廊下には父親の九条が
一階のリビングには母親が
それぞれ懐剣を手に持ち万が一に備えている
そして
一階と二階を繋ぐ階段の中ほどに
仁が座っていた
どこで異変が起きても
即座に駆けつけられるように
仁:「いいですかな、九条さん」
仁:「この家の結界は強力です」
仁:「ですが万が一ヤツが窓などを破り侵入してきた場合」
仁:「私が全力で食い止めます」
仁は家中の全ての部屋の角に
山のように盛られた塩を指差した
仁:「もしこの盛り塩の色が変わったら」
仁:「それはヤツがすぐそこにいるという合図」
仁:「すぐにワシに知らせてください」
仁:「そして遥人君は、何があっても部屋から出してはならん」
九条:「……わかりました」
九条は固い声で答えた
そして
運命の夜が来た
時計の針が22時を指した頃だった
家の外で
砂利を踏むような足音がした
ザッ……ザッ……
それは家の周りを
ゆっくりと
円を描くように歩いている
そして少しずつ
家に近づいてくる
やがて
あの声が聞こえ始めた
『ぽ……ぽ、ぽ、ぽ……』
それは耳で聞こえる音ではなかった
頭蓋に
魂に
直接響いてくるような
おぞましい声だった
その時だった
一階のリビングにいた母親が
小さな悲鳴を上げた
母親:「仁様!」
仁が駆けつける
彼女が指差す先
玄関に置かれていた盛り塩が
まるで墨汁を垂らしたかのように
どす黒く変色していた
仁:「……なんという妖気じゃ…!」
仁が驚愕に目を見開いた
次の瞬間
玄関の扉
その磨りガラスに
巨大な影が、ぬっと映った
天井に頭がつきそうなほど大きい
歪な人間の影
八尺様だ
コン……コン……
影が
静かに
扉を叩き始めた
コン……コン……コンコン……
母親は腰を抜かし
その場にへたり込んだ
仁は懐から霊気を込めた一枚の御札を取り出すと
玄関の内側に
叩きつけるように、貼った!
御札が、一瞬だけ、青白い光を放つ
それと同時に
磨りガラスに映っていた巨大な影は
すっと、煙のように消えた
だが
仁の額には、玉のような汗が浮かんでいた
今のは、ただの挨拶だ
本当の恐怖は
まだ始まったばかりだった
< 10 / 34 >

この作品をシェア

pagetop