夜探偵事務所と八尺様

【夜探偵事務所】

夜:「……来たわね」
健太がゴクリと唾を飲む
彼がドアを開けると
そこに立っていたのは
高級なスーツを着ているが
その顔は幽霊のように青ざめ
憔悴しきった表情の一人の男だった
男:「……あの、山本様はいらっしゃいますでしょうか?」
男:「深妙寺の、山本仁様のご紹介で参りました…」
夜:「私が山本夜です。どうぞ」
男は深々と頭を下げ事務所の中へ入る
そしてソファに深く腰を下ろした
男:「仁様からは、話はお聞き及びかと…」
夜:「ええ。あいつの手には負えない化け物が相手だと」
男は震える声で語り始めた
全てを失うことを覚悟した男の
最後の告白だった
男:「17年前……匿名掲示板の2ちゃんねるに『八尺様』の話を書き込んだのは……私です」
健太は息を呑んだ
目の前にいるこの男が
あの伝説の怪談の本人
男:「あれは、作り話じゃない。私が子供の頃に体験した、本当の話なんです」
男は語る
子供の頃夏休みで訪れた田舎の祖父母の家
庭先で一人で遊んでいた時だった
生垣の向こうから奇妙な音が聞こえた
『ぽ、ぽ、ぽ、ぽ……』
見ると生垣の上に白い帽子だけが見える
帽子は横に動きやがて見えなくなった
祖父母にその話をすると二人の顔から血の気が引いた
『八尺様に魅入られた』
祖父母は家中の窓や扉に御札を貼り
一部屋に俺を閉じ込めた
部屋の四隅には盛り塩
決して朝までここから出てはならないと
誰かに呼ばれても決して扉を開けてはならないと
そう言い含められた

再びあの声が聞こえ始めた
窓の外から
すぐそこで聞こえる
『ぽ、ぽ、ぽ、ぽ……』
そして窓がコツ、コツと叩かれる音
俺は恐怖で布団に潜り込んだ
その時だった
亡くなったはずの祖父の声がした
『おい、開けてくれんか。もう大丈夫だぞ』
俺は扉に駆け寄ろうとした
だが祖母の言葉を思い出す
違う
あれは爺ちゃんの声じゃない
俺は必死に耳を塞いだ
朝になり祖母が部屋に来るまで
その声と窓を叩く音は続いたという
男:「……それが、17年前に私が書いた話の、全てです」
夜も健太も黙って聞いていた
男:「その後私はすぐに実家へ帰され二度とその土地には近づきませんでした」
男:「大人になるにつれてあれは悪い夢だったんだと自分に言い聞かせてきました」
男:「結婚し子供も生まれ……もうあの恐怖は終わったんだと……」
男はそこで言葉を切り
顔を両手で覆った
男:「……終わって、いなかったんです」
男:「今度は……私の、8歳になる息子が……狙われているんです」
健太の背筋が凍り付く
男:「昨夜、聞きました。息子の部屋の窓の外から……あの、ぽ、ぽ、ぽ、という声を……!」
男:「息子も言っています。『すごく背の高い、白い服の女の人が、いつも見てる』と……!」
男はソファから崩れ落ち
床に両手をついて夜に懇願した
男:「お願いします!あいつから……息子を、守ってください!」
男:「報酬なら、いくらでも払います!」
夜は
その男の絶望的な叫びを
ただ静かに見下ろしていた
彼女の瞳には憐憫の色はない
ただ、これから始まるであろう
血と魂を賭けた戦いへの
静かな覚悟だけが宿っていた
夜:「……その依頼、受けましょう」
彼女の声は
どこまでも冷たく
そして
どこまでも頼もしかった
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