夜探偵事務所と八尺様

【京都へ向かう車内】
夜の高速道路を
一台の黒い塊が滑るように走っていた
音もなく
未来から来たとでも言うような
夜探偵事務所の新しい社用車
テスラ モデルXだ
健太:「……すごい」
健太は助手席で
ただただ圧倒されていた
目の前に広がるのは
空まで続いているかのような巨大なフロントガラス
まるで戦闘機のコックピットのようだ
夜:「田舎者みたいな顔してんじゃないわよ」
ハンドルを握る夜が
ルームミラー越しに健太を見て笑う
健太:「いやだって…!静かだし速いし…!」
夜:「気に入った?」
健太:「はい!最高です!」
夜:「じゃあ次のボーナスはこれの洗車ね」
健太:「えぇー!」
そんな軽口を叩いているうちに
車は京都南インターを降りる
向かう先は閑静な高級住宅街
今回の依頼人の家だ
【依頼人の家】
コンクリートの壁に囲まれた
要塞のようなモダンな一軒家
その前には
一台の黒塗りの車と
白を基調とした狩衣(かりぎぬ)に
黒い烏帽子(えぼし)をかぶった男が立っていた
夜の父、仁だった
夜:「仁、待たせたわね」
仁:「おう、夜。無事着いたか」
夜は、先に来ていた依頼人に声をかける
夜:「お待たせしました、九条さん」
依頼人――九条は
深々と頭を下げた
九条:「いえ……。山本先生、それにお父様まで、わざわざお越しいただき…」
仁:「ワシにできることがあるなら、何でも言ってくれ」
一行は、九条に案内され
家の中へと入っていった
家全体が
冷たく、重い恐怖の空気に支配されている
リビングには
九条の妻と
その背後に隠れるように立つ
一人の少年がいた
夜:「彼が、息子の遥人(はると)君ね」
遥人は血の気のない真っ白な顔で
何かに怯えるようにガタガタと震えている
夜はソファに腰を下ろすと
遥人に手招きした
夜:「こっちにおいで」
夜:「怖がらなくていい。私たちは、お前の味方だ」
遥人は母親に背中を押され
おずおずと夜の前まで歩いてきた
夜:「何が見える?」
夜:「何が聞こえる?」
遥人:「……背の高い、女のひと…」
遥人:「いつも、遠くから、見てる…」
遥人:「ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、って……」
夜が頷き
今度は仁が、遥人の部屋へと向かった
部屋の四隅、窓、ドアを、彼は鋭い目で検分していく
仁:「……なるほどな。相当、強力な気配じゃ」
仁は懐から
何枚もの御札(おふだ)と筆を取り出した
そして、遥人の部屋の入り口に立つと
呪文を唱えながら、空中に指で紋様を描き始めた
夜は、九条夫妻に向き直り
有無を言わさぬ口調で命じた
夜:「今から、父がこの子の部屋に、最強の結界を張る」
夜:「この結界がある限り、八尺様は部屋の中には入れない」
夜:「物理的にも、精神的にもだ」
仁が部屋の四隅と窓、そしてドアに
次々と御札を貼り付けていく
部屋の空気が、清浄なものに変わっていくのが
肌で感じられた
そして
夜は、最も重要な最後の指示を告げた
その声は
刃物のように冷たく鋭かった
夜:「だが、結界は万能じゃない」
夜:「八尺様は、必ず、遥人君に呼びかける」
夜:「母親である、あなたの声で」
夜:「父親である、あなたの声で」
夜:「どんな声で呼びかけられても」
夜:「この扉を、決して、開けるな」
両親は
その言葉の本当の恐ろしさを理解し
ただ、青ざめた顔で
何度も、何度も
頷くことしかできなかった
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