夜探偵事務所と八尺様
【京都へ向かうテスラ車内】
夜の闇を
テスラが滑るように走っていく
その車内は
不気味なほど静かだった
運転席の健太は
未来的な乗り心地に感動し
時折その素晴らしさを口にする
だが後部座席の夜には
その声は全く届いていなかった
彼女は
後部座席の照明だけをつけ
あの廃洋館で見つけた
メイドの古い日記を
食い入るように読んでいた
所々が朽ちて読めない
だが必死にその文字の連なりを追っていく
そこには
一人の女性の
幸せと絶望が記されていた
日記によれば
シズコは、この辺り一帯で一番の美人だったという
黒木家の跡取り息子**『景明(かげあき)』**と恋に落ち
やがて結婚した
メイドの日記には
二人の幸せそうな日常が
微笑ましい筆致で綴られていた
だが
シズコが子供を身ごもった頃から
物語は暗転する
景明に
都会の財閥の娘との縁談が持ち上がったのだ
跡取りの男の子を産めば
全ては丸く収まるはずだった
シズコは無事に男の子を出産した
だが
姑である鬼女は
その赤ん坊をシズコから取り上げた
そして「子供とはいつでも会わせる」という嘘の約束を盾に
二人を無理やり離婚させた
息子は
すぐに財閥の娘と再婚した
シズコは
我が子と会うことを許されなくなった
日記には
メイドの苦悩が記されていた
『シズコ様は毎日毎日、あの白いワンピースに帽子という、黒木家に見劣りしない清楚な姿で、門の前に通い続けている。だが奥様(鬼女)は、門前で罵声を浴びせ、時には突き飛ばし、決して子供に会わせようとはしない』
そんな絶望の日々の中
ある日
黒木家の使用人の男が
シズコにある契約を持ちかけた
『一度だけ、私と体の関係を持ってくれれば』
『マモル様を、貴女に会わせてやる』
『そして、そのまま子供と一緒に、遠くへ逃げてはどうか』
シズコは悩んだ
悩みに悩んだ
メイドは、その卑劣な契約を知り、必死にシズコを止めたという
だが、母親の想いは、メイドの制止を振り切った
彼女は、その契約を受けた
しかし、それは鬼女が仕組んだ、卑劣な罠だった
鬼女は「シズコは、使用人の男と体を交わすような、淫乱な女だ」と、村中に噂を広めた
シズコは、村に住めなくなり
黒木家に近づくことさえ、できなくなった
そして……
日記の記述は
そこで途切れていた
夜は、静かに日記を閉じた
彼女の体は
怒りで、わなわなと震えていた
夜:「……どいつもこいつも、男ってクソばかりね!」
ドンッ!
夜は、運転席の健太のシートを
思い切り、後ろから蹴り飛ばした
健太:「え!?俺のことですか!?」
突然の衝撃に、健太が悲鳴を上げる
夜:「お前も男だろ!クソが!」