夜探偵事務所と八尺様

【京都・九条邸】
​「本当に、ありがとうございました」
​九条夫妻は
涙を流しながら
何度も、何度も、夜に頭を下げた
その隣で
遥人君も、小さな手で、一生懸命に頭を下げている
彼の瞳には、もう恐怖の色はなかった
​夜は
その家族の姿を、静かに見つめた後
小さく頷き、踵を返した
​仁：「じゃあ、ワシは自分の車で帰るさかい」
仁：「夜、お前らも、気ぃつけて帰るんやで」
​夜：「わかってるわよ」
​仁は、自分の車に乗り込み
先に、深妙寺へと向かった
​夜は、九条家の前に停めてある
黒いテスラへと歩いていく
そして、おもむろにスマートフォンを取り出し
アプリを操作した
​ウィーン……
​運転席の、ドアが自動で開いた
その、瞬間
​ゴロゴロ、ドンッ！
​気を失ったままだった健太が
シートから転げ落ち
アスファルトの上に、無残に叩きつけられた
​健太：「いってぇーーー！」
​ようやく目を覚ました健太が
頭を抱えて、のたうち回っている
​その姿を見て
夜は、腹を抱えてケラケラと笑っていた


​【夜・深妙寺】
​寺の静寂が
戦いで疲弊した二人の心を
優しく包み込んでいく
​仁が淹れてくれた、温かいほうじ茶をすすりながら
三人は、広間で、静かな時間を過ごしていた
​健太：「……それにしても、夜さん」
健太：「いくらなんでも、あの車のドアの開け方は、ないんじゃないですか？」
​健太は、頭にできた大きなたんこぶをさすりながら
恨めしそうに夜を睨む
​夜：「あら、あんたが生きてるかどうか、確かめてあげたんでしょ」
夜：「感謝しなさいよね」
​仁：「はははっ」
仁：「夜の愛情表現は、相変わらず分かりにくいなぁ」
​その、仁の言葉に
夜は、心底おかしそうに、ニヤリと笑った
そして、健太の顔をじろりと見て、こう言った
​夜：「……別に、愛情じゃないわよ」
夜：「ただの、おもちゃよ」
​夜はそう言うと、ケラケラと、心の底から楽しそうに笑った
健太は、その笑顔に、背筋が凍るのを感じた
​仁：「じゃが、二人とも、ようやった」
仁：「ワシ一人では、どうにもならんかった。……本当に、よう頑張ったな」
​その、父親としての、心からの労いの言葉に
夜は、ようやく笑うのをやめ
少しだけ、真面目な顔に戻って、茶をすするだけだった
​その日は
三人とも、本当に疲れていた
他愛もない言葉を少しだけ交わした後
まるで、泥のように
深く、そして、穏やかな眠りに落ちた