夜探偵事務所と八尺様
【鎮女村・周辺】
夜のテスラは
ナビにも表示されないような
細く険しい山道を登っていた
目指すは呪われた廃村「鎮女村」
やがて車は
小さな集落の入り口にたどり着いた
だがそこは
人の気配が全くしない
静まり返った場所だった
鎮女村だ
到着した頃には
太陽は西の山の稜線に隠れ
世界は不気味なほどの青と紫に染まっていた
夜:「……さすがにこの暗さじゃ調査は無理ね」
健太:「そうですね。泊まるところ、探しますか?」
幸い
集落の入り口に
一軒だけ明かりの灯る古びた建物があった
【民宿旅館 渓山荘】
そう書かれた看板が傾いている
二人が宿の戸を叩くと
人の良さそうな老婆が顔を出した
宿泊できるか尋ねると
老婆は快く二人を迎え入れてくれた
部屋に通され
夕食までまだ時間があった
老婆が言うには
この宿には小さいながらも
源泉掛け流しの温泉があるという
夜:「健太。あんたも入ってきなさい」
夜:「汗臭いのよ」
健太:「えぇ!?そんなことないですよ!」
もちろん男女別だ
健太は男湯へ
夜は女湯へと向かった
健太が温泉から上がり
用意されていた浴衣に着替えて休憩所で涼んでいると
先に上がっていたらしい夜が
瓶のコーヒー牛乳を飲んでいた
その姿を見て
健太の心臓が大きく跳ねた
湯上りで火照った白い肌
普段とは違う
うなじを無防備に晒したまとめ髪
そして
体のラインをあやうく浮かび上がらせる
紺色の浴衣姿
それは
健太が今まで見たどんな女性よりも
異常なほどエロくて
そして美しかった
健太は目のやり場に困り
慌てて視線をそらす
だがどうしても
チラチラと彼女を見てしまう
夜はそんな健太の心中を知ってか知らずか
コーヒー牛乳を飲み干すと
自分のスマートフォンを取り出した
夜:「……仁に、一度連絡しとくわ」
彼女は電話をかける
スピーカーモードにして
健太にも聞こえるようにした
仁:『もしもし、夜か。どうじゃ、何か分かったか?』
夜:「ええ。かしき村で、地蔵のよだれかけの切れ端を見つけたわ」
仁:『そうか!やはり地蔵が関係しとるんじゃな!』
夜:「それで、九条さんの方に何か動きはあった?」
仁:『あぁ。それがな……』
仁:『ワシがお前の見立てを九条さんに話したんじゃ』
仁:『そしたら、九条さんが思い出した』
夜と健太は息を呑んだ
仁:『子供の頃、あのかしき村の蔵に閉じ込められた時、あまりの恐怖に、お守り代わりに持っていた何かを、強く握りしめていたらしい』
仁:『それが、もしかしたら……鎮女村にあった地蔵から、悪戯でちぎってしまった、よだれかけの切れ端だったかもしれんと…』
夜:「……なるほどね」
夜:「九条さん本人が、封印の一部を壊して、持ち出してしまった、と」
そのあまりに皮肉な真実に
健太は言葉を失った
夜:「分かったわ」
夜:「明日は、その鎮女村の四体の地蔵が、今どうなっているのかを確認しに行く」
夜:「また連絡するわ」
夜は仁との電話を切った
休憩所には
気まずい沈黙が流れる
夜は、ふぅ、と小さく息を吐くと
今まで黙っていた健太の方を
じろりと睨みつけた
夜:「……ねぇ」
健太:「は、はい!」
夜:「さっきから何チラチラ見てんのよ」
夜:「……気持ち悪い」
その、いつもと変わらない
冷たくて、鋭い一言に
健太は、なぜか
少しだけ、ほっとしていた