夜探偵事務所と八尺様
【京都・美山町へ向かう車中】
深夜の道の駅
テスラへの充電が完了するのを待つ間
健太は夜に
先ほど見つけた大学教授のブログの内容を
全て説明した
健太:「……つまり、八尺様は元々」
健太:「**『鎮女村(しずめむら)』**という集落に」
健太:「東西南北に置かれた四体の子供地蔵によって、封印されていた、ということになります」
夜は静かに頷く
彼女の瞳には
ただならぬ光が宿っていた
夜:「面白いわね」
夜:「全ての元凶はその『鎮女村』にある」
夜:「だが、九条さんが襲われたのは、そこじゃない」
夜:「『かしき村』という、別の廃村だ」
健太:「はい。まずはその『かしき村』へ行って、何か手がかりを探すべきかと」
充電が完了した
二人は再びテスラに乗り込み
さらに深い山の闇へと車を走らせた
【廃村・かしき村】
車を降りた瞬間
空気が変わった
湿っぽく
重く
澱んでいる
まるで村全体が
巨大な墓石のようだった
月明かりに照らされた廃村は
不気味な静寂に包まれている
崩れかけた家々
雑草に覆われた道
人の営みが消えて
長い時間が経っているのが分かる
夜:「九条さんが襲われたのは『蔵』だったわね」
健太:「はい。確か、母屋の裏手にあると…」
二人はスマートフォンのライトを頼りに
村の奥へと進んでいく
やがて
ひときわ大きな屋敷の廃墟を見つけた
九条さんの祖父母が住んでいた家だ
その裏手には
分厚い漆喰の壁を持つ
古く、巨大な蔵が
口を固く閉ざして佇んでいた
夜:「……ここね」
夜は蔵の扉に手をかけると
何の躊躇もなくそれを開けた
ギィィィ、と
錆びついた蝶番が悲鳴を上げる
蔵の中は
カビと埃の匂いで満ちていた
夜はライトを消す
そして目を閉じた
この場所に残る、17年前の記憶の残滓
その霊圧を探るために
夜の脳内に
17年前の光景が流れ込んでくる
幼い九条少年の、純粋な恐怖
そして
彼を嬲るように見下ろす
巨大で、冷たく、絶対的な存在の気配
夜:「……いたわ。ここに」
彼女はそう呟くと
蔵の中央へと歩を進めた
そして
床に落ちていた「何か」を
そっと、指でつまみ上げた
それは
ボロボロに朽ちかけてはいるが
確かに赤い色をした
小さな布の切れ端だった
健太:「これは……?」
夜:「……お地蔵さんの、よだれかけの切れ端ね」
夜は蔵から出ると
その赤い布切れを月明かりにかざした
夜:(なぜ、こんなものが、この蔵に……?)
その時だった
夜の頭の中で
先ほど健太から聞いた話が
鮮明に蘇った
―――東西南北に置かれた、四体の子供地蔵
―――八尺様を封印していた、結界
夜:「……もしかして」
夜は、ハッとした表情で
隣に立つ健太を見た
夜:「この布切れ……」
夜:「『鎮女村』にあった、あの地蔵のものだとしたら…?」
一つの布切れが
二つの村を繋ぐ
唯一の、そして不吉な手がかりとなった
呪いの本当の中心地は
ここではない
二人は確信した
夜:「行くわよ健太」
夜:「私たちの、本当の目的地へ」