夜探偵事務所と八尺様

【民宿旅館 渓山荘・食堂】
老婆:「……それからじゃ」
老婆:「この村で時折男の子だけが神隠しに遭うようになったのは…」
老婆は
一度言葉を切ると
遠い目をして続けた
老婆:「この地では、それを『鬼女伝説』と呼んでおる」
老婆:「じゃがな、その『鬼女』とは、子供を探す母親のことじゃない」
健太:「え?」
老婆:「鬼女とは、子供を取り上げた、旦那の母親……つまり姑のことじゃ」
老婆:「村の者たちは、その非道な行いを、鬼の仕業だと、そう言うとるんじゃ」
夜:「……なるほど」
老婆:「母親はな、我が子を探すために」
老婆:「毎日毎日、背伸びをして、高いところを探し続けた」
老婆:「そうしているうちに、いつしかその背が八尺にもなったと、そう言われておる」
そのあまりに悲しい逸話に
健太は言葉を失った
夜:「では、鎮女村の東西南北にあるという、子供の地蔵については、何かご存知ですか?」
老婆:「あぁ、知っておる」
老婆:「母親があまりに不憫じゃと」
老婆:「村の者たちが、母親の魂を慰めるために、四体の子供の地蔵を、村の四隅に置いたんじゃ」
老婆:「『もう、寂しくないようにな』と」
老婆:「今も、母親の魂は、その四体の子供地蔵を、自分の子供だと思うて、静かにしておるはずじゃよ」
老婆:「だから、あのお地蔵様が置かれてからは、この村では、もう神隠しは起こっとらん」
そこまで話すと
老婆は「もう寝る時間じゃ」と言って
静かに席を立って行ってしまった
【民宿旅館・夜と健太の部屋】
部屋に戻った二人は
今日の出来事と、老婆の話を
改めて整理していた
健太:「つまり、八尺様は、鎮女村の四体の地蔵に守られて、安らかにしているはず、ということですよね?」
健太:「だとしたら、なぜ今、京都の九条さんの息子さんが……?」
夜:「そして、なぜ、17年前に九条さんが襲われた、かしき村の蔵に、地蔵のよだれかけの切れ端があったのか」
夜:「……謎は、まだ解けてないわね」
夜はそう言うと
浴衣の帯を締め直し
布団を敷き始めた
健太は
そんな彼女の浴衣姿から
どうしても目が離せなかった
さっきから、彼の視線に気づいていた夜は
ふと、動きを止めると
悪戯っぽく、ニヤリと笑った
夜:「……そんなに見たい?」
夜:「見せてやろうか?」
彼女は
浴衣の襟に
そっと、指をかけた
健太は
ゴクリと、大きく唾を飲み込んだ
その、次の瞬間
健太のすぐ背後に
禍々しいまでの、巨大な気配が出現した
音もなく
大鎌を振りかぶった死神
日(アキラ)が、完全に実体化していた
その、フードの奥の闇が
じっと、健太を見下ろしている
健太:「ひぃぃぃぃぃっ!」
健太は
畳に額をこすりつける勢いで
土下座した
健太:「申し訳ございませんでした!もう二度と見ません!どうか!どうか命だけは!」
その必死の謝罪を見て
夜は、腹を抱えて爆笑していた
夜:「あはははは!」
夜:「あんた、そのうち本当に、日に魂取られるわよ」
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