あなたの秘密を暴きましょう

始まり

これは遠い遠い国のお話。
18世紀の半ば、貴族はとても贅沢に暮らしていた。その中でも国一の貴族ローラン公爵という人がいた。その人の娘の名前は、【Juliette Lys-Laurent】ジュリエット・リス=ローランという公爵令嬢。
ジュリエットの家族は母エミリー父ロベルト姉ソフィー双子の弟ルイとレオ仲良く暮らしていた。
そんなある日、悲劇が訪れた。国王がなくなったのだ。もっとも信頼してくださった国王がなくなったのだ。家のものはみな困ったようにしていた。そんな時ジュリエットの父ロベルトが言った。
「ジュリエット次期国王の妃になってくれるかお前は頭もよいし顔もいいきっと気に入ってくださるよ」
ジュリエットは嫌であったが。自分を助けてくれた父の助けをしたくてその要望に答えた。
そう。エミリーをロベルトはジュリエットの本当の父とではないのだ。
遠い日の朝もやの中、リス=ローラン邸は悲嘆に沈んでいた。王の訃報がもたらした重苦しい空気は、館の奥深くまで静かに浸透している。窓の外では鳥さえも声を潜め、まるで王の魂を目覚めさせないよう守っているかのようだった。
ジュリエットは鏡に映る自分の姿を見つめた。 柔らかな栗色の髪、透き通るような白い肌――どこから見ても令嬢そのもの。だがその瞳には、後悔と覚悟が交錯し、言葉にならない嵐が渦巻いていた。 父の願いを断ることができず、未来を決めた責任の重さが胸を締めつける。
エミリーはそっと肩に手を置き、囁いた。 「本当のことを知るのはまだ早い。まずは城へ行きなさい」 その声には、母親としての深い慈しみと、何かを隠し通す決意が混ざっていた。
出発の日、姉ソフィーは涙を堪えながら耳飾りを手渡す。 「これをしていれば、あなたはいつでも私たちのそばにいる」 双子の弟ルイとレオは、表情を変えずに背を向けたまま、無言でバネ仕掛けの小さな鳥かごを差し出す。 からり、と扉が閉まる音が響いた。
馬車が邸を離れるたびに、ジュリエットの世界は小さく、遠くなっていく。 見慣れた並木道、噴水の水音、庭に咲く花々――すべてが彼女から孤立し、過去の幻影となった。
遠く高い玉座の間。豪奢なシャンデリアが輝く中、参内の儀が始まった。 ジュリエットは心を静めようと深呼吸し、畏まった姿勢で歩を進める。すると、薄紫色の長衣に身を包んだ青年が現れた。彼の瞳は琥珀のように温かく、まるで初春の陽だまりが秘めた優しさを帯びていた。
「……あなたは、ローラン公爵令嬢のジュリエット・リス=ローラン殿方か?」 その声は低く柔らかく、けれど確かな響きを持って彼女の胸に直接触れてきた。
ジュリエットは一瞬、言葉に詰まった。父に命じられた“次期国王の妃”としての務めを果たすために来たはずなのに、知らぬ間に鼓動は高鳴り、頬が熱を帯びている。
「はい、ご尊顔を拝せんと存じます」 か細い声を必死に抑えながら、彼女は一礼した。そのとき、二人の視線が触れ合い、長い時が止まったように感じられた。
儀式が終わり、人々が引き上げた後の回廊。 大理石の床を映すかのように、ジュリエットのドレスの裾が静かに揺れる。背後からそっと声が漏れた。
「君の笑顔は、まるで夜明けの光だ」
振り向くと、先ほどの青年――王太子アントワーヌがそっと微笑んでいた。 誰にも見せたことのない弱さや戸惑いを隠すように、その笑顔は柔らかく、彼自身も驚いているかのようだった。
ジュリエットはとっさにそらせた視線を戻し、小さく首を振る。
「そんなことを仰られても……」
けれど心の片隅では、初めて誰かに必要とされる温もりがじんわりと広がっていた。
夜の庭園は月光に染まり、薔薇の香りが風に乗って漂う。 約束したわけではないのに、二人は同じベンチに腰かけていた。アントワーヌは緊張を隠しつつ、そっと手元の蔓薔薇の一輪を摘む。
「公爵令嬢としてではなく、君個人と向き合いたい」
言葉に込められた真剣さに、ジュリエットの瞳は揺れた。世間体や政略結婚というしがらみを、ひととき忘れさせてくれる――そんな想いがこみ上げる。
「私も、あなたを知りたい……」
ふたりの指先が触れ合い、冷たい夜気が一瞬だけ温もりに包まれた。そこには貴族の身分も、家の秘密も、何ひとつ持ち込まれなかった。
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