聖騎士様と始める異世界旅行事業 ~旅行会社の会社員でしたが異世界に転生したので起業します~
 突然聞かされた情報過多の状況に、アベルがかわいそうなほど言葉を失っている。

(女神様のことは伏せてくれてよかったけど……)

 これでシルフが転生の女神様のことを言おうものなら、ますます混乱するところだった。なんとか己を立て直したアベルは、シルフの後方にいるセシリーナに固まった視線を向ける。

「……お、おまえ、いまの話本当なのか? おまえが精霊魔法が使えて精霊使いだっつーのは……。いままで見たことも聞いたこともなかったが」

 アベルの反応はもっともだ。小さいころから一緒に育ってきたアベルにとって、セシリーナがこの世界で稀有な精霊魔法の使い手だったってことは衝撃に違いない。もしかしたらずっと隠されていたと思ってショックを与えてしまうかもしれない。
 焦ったセシリーナは、慌ててアベルに弁明する。

「う、ううん、シルフの言ったとおりなんだけど、ただ私が精霊魔法を使えるようになったのはついこの間の話なの! ちょっといろいろあって、まずは風の精霊シルフとだけ契約、っていうのかな、することになって……」

 アベルは信じているようないないような微妙な視線でセシリーナを見据えている。そうして深くため息を吐いてから、根負けしたかのように後ろ頭をかいた。

「……わかったわかった、おまえの破天荒で非常識なところは今に始まったことじゃねぇから、おまえの言い分を信じることにするわ。で、そうということはおまえも魔獣と戦えるってことだよな? そこのシルフの言ったとおり魔獣が大量に押し寄せてきてんだとしたら、聖騎士である俺が食い止める必要がある。だから、おまえの力を俺に貸してくれ……!」

 自分の胸に手を当てて誓うように言うアベルに、彼の背負っているものの大きさを感じた。彼はこの世界唯一の聖騎士として、竜王率いる魔獣たちからこの世界の人びと全員を守る責任があるのだ。そしてこのシュミット村がおそらくいち早く魔獣たちに襲撃された原因は、竜王の宿敵である自分がこの村に滞在していたせいだと思っている。

(アベルは常に魔獣たちに狙われる立場……。彼にはきっと、本当に心休まるときはなかったのかもしれない)

 聖騎士の位を継ぐということは、それだけ自己を犠牲にすることでもあるのだろう。

(……支えたい。そんな彼を、私が、少しでも……!)

 彼のために、自分にできることがあるのなら。

「もちろんです! 微力ながら、私も一緒に戦わせてください!」

 旅行会社を新設したいと突飛なことを言ったセシリーナに――アベルは快く協力してくれた。今度は自分が、彼にその恩義を返す番なのだ。
 アベルは感銘を受けたかのように一瞬瞳を揺らす。嬉しそうに頬を紅潮させながら、いたずらっぽく歯を見せて満面で笑んだ。

「ありがとな、セシィ! 頼りにしてるぜ!」

 アベルはそう言うと、踵を返して村の鐘が鳴り響くほうへと駆け出していく。残されたシルフが、どんどんと小さくなるアベルの背中を見つめながら腰に手を当てる。

「……ふうん、今代の聖騎士、けっこう素直で良い奴そうだね。あいつのためなら、ボクも力になってあげてもいいかもなあ」
「もう、頑張り屋さんのアベルを助けてあげたいって素直に言えばいいじゃない! じゃあ、私と一緒にアベルの加勢に行きましょう!」

 セシリーナもアベルの背中を追って駆けだした。

(どうか、村に大きな被害で出ていませんように――……!)

 祈りながら見知った道を走り続けると、村の門の前に人だかりができているのが見えてくる。カン、カン、カン、という警笛の音が身近で鳴っていて耳をつんざくほどに大きくなり、村びとたちの悲鳴とそれと被さるようにして魔獣と思わしき低い唸り声が複数にわたって聞こえてくる。

(大変っ、思っていたよりもたくさん魔獣がいるのかもしれない……!)

 聖騎士と竜王の戦いで竜王が敗れてから久しく魔獣がおとなしくなっていたから、こんなにも大勢の魔獣たちが人間たちに牙をむいて襲ってくることはなかった。未知の状況にセシリーナは背筋がぞわりと泡立っていく。

(怖い……! でも、私がこの村を守らなきゃ!)

 自分は領主の娘であり、今回の旅行を企画した張本人であり、そして精霊魔法という魔獣と戦う力を持っているのだから――!

 村びとたちと魔獣たちが交戦している前線へと躍り出たセシリーナの目に真っ先に飛び込んできたのは、村の中へと侵入を試みる魔獣たちを神官の扱える強力な結界魔法で防いでいる勇敢なヒースの姿と、彼の結界の外へ飛び出して果敢に魔獣たちに二本の短剣を振るっているケルヴィンの姿だった。ケルヴィンの短剣は魔法の力を帯びているのか、彼がまるで剣舞でも舞うように華麗に刃を閃かせると、それに応えるかのように刃にまとわれている炎が火の玉となって魔獣に向かってゆく。

(ケルヴィンのあれって、もしかして魔法剣!? そんな力が使えるなんて、いままで一言も――……)

 ケルヴィンとヒースの鮮やかな戦いぶりに思わず見惚れていると、セシリーナの肩に乗っていたシルフも「おおっ」と感嘆の声を上げる。

「あの人たちもご主人様のお仲間? すごいすごい、あんなに魔法を自由自在に操れるなんて、ご主人様のお仲間はみんな強いんだねぇ。でもボクたちだって負けないよ! ご主人様、あんな魔獣の群れなんてボクたちの精霊魔法で一網打尽にしちゃおう!」

 なにかを守りたいと思う気持ちを強さに変えて戦おう。そのほうがきっと、なにがあっても自分を見失わずに戦い抜ける気がするから。
 駆けつけたセシリーナたちに気がついたのか、ヒースとケルヴィンが同時に振り返った。
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