聖騎士様と始める異世界旅行事業 ~旅行会社の会社員でしたが異世界に転生したので起業します~
 シルフが、彼のすぐ後方に立つセシリーナをちらと振り返る。

「ご主人様、行くよ! ――『我、精霊使いの名のもとに命ず、我に力を貸し与えたまえ、風の精霊シルフ!』」

 シルフの言葉に続いて同じ文言を紡ぐと、胸の前で必死に組んでいたセシリーナの両手の内から、まるで風の魔力を象徴するかのような輝く緑色の光が漏れだした。それはさながらリボンのごとくひらひらと舞い踊りながら場内を染め上げていく。その緑色の光で全身を縁どらせたシルフが、小柄な短い両手を必死に後ろに振り上げる。そうしていたずらっぽく笑いながら魔獣に向けてその両手を振り下ろした。

「いっけぇええ! ボクの風で全部全部吹き飛んじゃえ―――っ!」

 シルフの小さな手から放たれたとは思えない竜巻を思わせる強風が発生して魔獣たちに襲いかかってゆく。魔獣たちは成すすべもなく、シルフの風に全身を切り裂かれたりはたまた吹き飛ばされて地面に激突したりしながら次々と絶命していった。その場にいた全員が呆気にとられて棒立ちしているなか、一陣の風が吹き抜けて風が止むと、そこには魔獣の姿が一匹とない焼け野原になった原っぱが広がっていた。

(す、すごい……! あれだけいた魔獣が、あっという間に……)

 精霊というのは本当に大きな力があるのだろう。女神様直属の存在なのだから人知を超えるような強大な魔力を持っていて当然なのかもしれないけれど。自分がその力を授かったことを実感して手が震えた。精霊魔法が使えるようになってラッキーと思うだけでなく、この大きな力の使い方を間違えないようにしなければならない。
 まだ状況がわからずに固まっていた周囲の村びとたちが、おそるおそるながらも歓声を上げた。

「お、おおお、もしかして我々は勝ったのか……?」
「さすがはセシリーナお嬢様だ! アベル様やケルヴィン様、ヒース様もいてくださって本当によかった! 皆さまとてもお強くていらっしゃる!」

 ひとりが声をあげると徐々に徐々にそれは広がってゆき、やがてその場に居合わせた村びとたち全員が喜びの歓声を上げた。その声をどこか遠くに感じながら勝利の実感が湧いてくる。

(ま、守れたんだ、私、自分の村を……!)

 そう安心したら急激に涙がこみ上げてきて、セシリーナはその場にぺたんと座り込んだ。ひっくひっくと嗚咽を漏らしてしまう。そんなセシリーナにいち早く気づいたアベルが慌てて駆け寄った。

「セシィ、大丈夫か!? どこか痛むのか!?」
「う、ううん、なんだかほっとしたら力が抜けちゃって……。アベル、村のために戦ってくれてありがとう。ケルヴィン、ヒースも」

 後方でこちらを見守っているケルヴィンとヒースにお礼を言うと、ケルヴィンが片眼鏡を押し上げた。

「お礼を言われるほどのことはありません。この村は私が守るべき主人であるお嬢様がいらっしゃる村です。私が率先してこの村を守るのは当然のこと。むしろお嬢様にお怪我がなくてなによりでした」
「それにしたって精霊魔法、だっけ、なかなか強烈な威力だったね。文献でしか読んだことなかったけれどあれほど広範囲に攻撃魔法を放てるとは思わなかったよ」

 たいしたもんだ、とヒースが腕を組んで納得している。

「ありがとう。でも、なんか、いまも体に力が入らなくて、精霊魔法って威力が高いぶん連発は難しいみたい……」

 あの一回の精霊魔法で体中の体力と魔力を根こそぎ持っていかれた気がする。もっと精霊魔法の訓練を積んで慣れる必要があるかもしれない。
 シルフがくるっと空中で回った。

「まあ、そうだよね。精霊魔法っていうのはご主人様が魔力を使ってボクの力を引き出すものだからね。自分ではない他人の力を代わりに行使するわけだから疲れて当然なのかもしれないけどね」
「まあ、今回はたまたま俺たちがそろっていたから魔獣の群れを撃退できたが、今までにない異常事態が起きていることに変わりはねぇ、このことを早急に国王陛下のお耳にお入れしたほうが良さそうだな」

 アベルが言外に言いたいことは、魔獣が活性化し始めて聖騎士であるアベルを狙い始めたと思われるこの状況、竜王の復活が近い可能性があるということなのだろう。もしそうだとしたら、今すぐにでも王都にいらっしゃる国王陛下にこのことをお伝えして国中を上げて対策が必要になってくるはずだ。
 後方からシュミット伯爵が大きく手を振りながら駆け寄ってくる。

「おおい、セシリーナ、それからアベル、ケルヴィン、ヒース、無事だったか!」
「お父様! お父様もお怪我はありませんでしたか!?」

 たしかシュミット伯爵は、王都で開かれる領主会議のために数日前から王都へ上京していたため村を離れていたはずだ。彼の慌てた様子を見るに、会議を終えて村に帰ってきたところ魔獣襲撃騒動に巻き込まれてしまったのかもしれない。
 ふと思い立って傍らに目をやると、いつのまにかシルフは姿を消してしまっていた。もしかしたら、自分の旅行会社社員であるアベルやケルヴィン、ヒースに視られる分には問題ないのかもしれないけれど、第三者であるシュミット伯爵にお目見えする気はまだないのかもしれない。
 シュミット伯爵はセシリーナたちの元に駆け寄ると、周囲を見渡して安堵の息を吐いた。

「……これは、なかなか大変な有り様だったようだな。しかし、報告を受けたところ大きな被害はなく怪我人もみな軽傷だったようだ。おまえたちが村を守ってくれたからだな。ひとまずはありがとう。疲れているだろうが私の館で詳しい話を聞かせてもらってもいいだろうか」

 セシリーナはアベルやケルヴィン、ヒースを目を合わせると、承知しました、と頷いた。現場はまだ混乱にあるけれど、そこは村のみんなで対処してくれるだろう。自分は村でなにがあったのかと、そしておそらく竜王の復活が近いのではないかということをご進言申し上げなければ――。
 セシリーナたちは、前を歩くシュミット伯爵に続いて領主の館に戻るのだった。
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