聖騎士様と始める異世界旅行事業 ~旅行会社の会社員でしたが異世界に転生したので起業します~
 ――敵襲ッ!?

 いままでも何度か魔獣たちの襲撃に遭うことはあった。けれど馬車が急停車するほどの危機はなかった。大概、馬車は速度を上げながら魔獣を避けて通過し、その間にアベルやケルヴィンや騎士たちが魔獣を一掃するパターンだったからだ。

(それが、馬車を止めなければならないほどの事態だなんて――)

 相当な強敵が現れたのだとしか思えなかった。このまま強引に馬車を通過させたのでは危険なほどの。
 セシリーナは馬車の窓から首を突き出して前方を睨み据える。

(え――……!?)

 そこには、黒竜を思わせる漆黒の羽を背に生やし、それと同色の黒髪に薄い水色の瞳をした男性が宙に浮遊していた。切れ長の目鼻立ちは相当な美男子だ。竜の翼を持つその男性は、年のころは自分たちと同じくらいに思えた。彼は、そのたくましい片腕にひとりの小柄な女性を抱きかかえている。女性は美しい銀色の長い髪に深い青の瞳をしていた。……いや、彼女は抵抗しているようだ。彼に捕えられているのかもしれない。

(あれ、あの子――)

 なぜだろう、自分は彼女に見覚えがあった。見た目こそまったく違うけれど、あの子はおそらく――元の世界で自分と一緒に事故に遭った後輩の子だ! 自分も転生者だからかもしれないが、彼女が後輩が転生した姿であると唐突に確信できた。それは彼女も同じだったのか、こちらを見るなり大声で叫ぶ。

「――せ、先輩!? もしかして、遥乃先輩ですよね!?」
(ああ、やっぱりそうだった!)

 セシリーナも馬車の窓から精いっぱい伸びあがる。

「会えてよかった……! 私、いまはセシリーナ・シュミットという名前で伯爵令嬢なんです!」
「伯爵令嬢、お上品で先輩にぴったりですね! わたしはフィオナ・フィリスという名前でどうやら聖女というものみたいで……」
「――聖女だって!?」

 フィオナがそう言った途端、ヒースが血相を変える。聖女……自分も知っている。たしか聖騎士と対になる存在で、聖属性魔法という魔獣を浄化できる特別な力を持っている人のことを差すはずだ。

(女神様はフィオナを聖女にしてくれたんだ……!)

 自分は伯爵令嬢であり精霊使いとして、フィオナは聖女として転生したのだろう。
 ケルヴィンが翼のある男性を睨み据える。

「その外見――貴方は竜王その人ではありませんか? 竜王は人と竜を掛け合わせた姿をしていると聞いたことがあるもので」
「いかにも。俺がその『竜王』に違いない。先代の竜王が聖騎士によって倒され、時間を要したが、こうして先代の無念を晴らすために俺が新しい竜王として復活したのだ」
(――竜王……あの人が!?)

 竜王は魔獣たちを従える魔族の頂点に立つ王だ。だから、もっと仰々しいというか、禍々しい見た目の人物なのかと思っていた。けれど、存外背中の竜の翼以外は自分たち人間とよく似た見た目をしている。ぞっとするくらい妖艶なくらい美形だけれど……。

「竜王、お初にお目にかかる。俺が今代聖騎士だ。伝承によれ聖女は本来聖騎士と共にあるもの――フィオナ嬢を返してもらうぞ!」

 愛馬である白馬の手綱を引きながらアベルが名乗り上げる。聖騎士の家系の血を引く彼も竜王に負けず劣らずの美男子だ。そんな因縁の二人が向き合う光景は絵になるという他ない。
 竜王が軽く笑う。

「まあそう急くな。今日はおまえたちに初対面の挨拶をしに来ただけだ。しかし思わぬ収穫もあったようだ。おまえ、精霊使いか?」

 竜王がセシリーナを興味深そうに見る。

「精霊と契約できる者など絶えて久しいと思っていたのだが、まだ存在したのだな。珍しい。聖女だけではなくおまえもこちらの陣営に捕えてやろうか」
「!? け、結構で――……」

 セシリーナは身構えて後ずさる。アベルが怒りを滲ませて彼女を庇うように竜王に立ちはだかった。

「冗談も大概にしろ! セシィは絶対におまえなんかに渡さねぇぞ。彼女は俺の……大切な仲間なんだ。しかも、こいつの精霊使いとしての力しか見てねぇやつに渡せるはずがねぇだろ」
(アベル、本当に私自身のことを大事に思ってくれてるんだ)

 それが幼馴染の友情からくるものだったとしても嬉しかった。だから自分も彼のことを守るためになんでもしたいと思った。
 セシリーナは大きく息を吸い込む。

「私はあなたの仲間になることはできません! 私の精霊使いとしての力は聖騎士であるアベルのために使いたい。彼が私に力を貸してくれるように、自分も彼の力になりたいから」

 彼が竜王に打ち勝てるように。そして無事に生還できるように。
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