聖騎士様と始める異世界旅行事業 ~旅行会社の会社員でしたが異世界に転生したので起業します~
「ねぇユリア。とても見事な薔薇ですね」

 引き続きのお茶会。薔薇園をセシリーナが褒めればユリアが扇を口元に当てた。

「ありがとうございます。お花を育てるくらいしか能のないわたくしですけれど、貴方のお役に立てることはなくて?」
「そんなこと……! 正直に言えば、侯爵家のユリアに事業を後援していただけたらありがたい。けれどそのまえに、あなたの応援に値するものかどうか判断してほしいんです」
「かしこまりましたわ。それではさっそくですけれどセシィの最近の出来事をお話ししてくださいませ」

 セシリーナは地域活性化のために旅行会社を新設したことから話し始める。アベルやケルヴィン、ヒースが従業員として力を貸してくれていること。竜王が復活して聖女が捕えられていること。旅行事業が国策となったこと。次はダンジョン攻略ツアーを企画していること。
 かいつまんで説明したつもりだった。けれど内容が内容なだけに長くなってしまい、話し終える頃にはお互いに紅茶のおかわりを頼むほどだった。
 ユリアが新しく入った温かい紅茶を一口飲み下す。

「思っていたよりも深刻な事態になっていたのですわね……」
「国民が不安にならないように情報を規制している部分もあるから」
「そうですわね。いたずらに不安を煽るわけにはいきませんし。それでセシィが次に着手することはダンジョン攻略ツアーの決行ですわよね?」
「そうなるかな」

 直近でやることはダンジョン攻略ツアーの宣伝だろう。人が集まらなければ企画は成り立たない。
 ユリアが楽しそうに笑った。

「不謹慎ではございますが、ダンジョン攻略って憧れますわよね。冒険ロマン溢れると申しますか」
「うん。一度は挑戦してみたいって思いますよね」
「あぁ、わたくしにも武芸の心得があればぜひ参加させていただきたかったのですが……」
「勇敢だなぁ」

 きっと彼女もお転婆な少女時代だったに違いない。
 ユリアは両手を顔の前で合わせた。

「それでは、こういたしましょう。わたくし、サロンで他の貴族に宣伝してみますわ」
「サロン……。上流階級の子弟が集まる座談会のことですよね?」
「ええ。それと思いついたのですけれど、ツアーに参加してくださった皆様にちょっとしたプレゼントをご用意してはいかがかしら?」
「ああ! プチギフトね! それは良いアイディアかも」

 前世の仕事でも、ツアー参加者にはウェルカムサービスと題して宿泊先でモーニングコーヒーをプレゼントしたりお部屋にお菓子を用意したりしていた。ちょっとした心遣いがツアーの人気に繋がるのだ。
 セシリーナは意気込む。

「うんうん。プチギフトを観光地の名物にすれば現地の商人にも喜んでもらえそう!」
「ええ。取引先と良好な関係を築いておくことも営業の基本ですわよね」
「その通り。ユリアは経営者に向いているかも」
「うふふ、買いかぶりすぎですわ」

 ユリアは毒気のない笑顔で微笑んでいる。意外と策略家なのかもしれない。
 話がまとまってきたところでユリアが居住まいを正す。

「ねぇセシィ、アイディアをお出ししたご褒美と言ってはなんなのですが、ひとつわたくしのお願いを聞いてはいただけませんか?」
「お願い?」
「ええ。どうかわたくしをあなたの会社の従業員として雇っていただけませんか?」
「え、ええっ!?」
「絶対に損はさせないと約束いたしますわ!」
「そ、そういう問題ではなく……」

 自分だってユリアに会社に参加してもらえたら心強い。なんでも話せる同じ年頃の同性がいてくれたら相談しやすいこともあるだろう。けれど――。
 セシリーナは首を左右に振る。

「嬉しい申し出だけれど、侯爵家のご令嬢を市井の会社で雇うわけにはいかないです! しかも雇い主が侯爵家より下位の伯爵家の人間だなんて……」
「これからは女性も社会に進出する時代になると、いつかあなたと話したではありませんか」
「うっ……」
「立派な経営者である貴方が身分を気にする必要はありませんわ。可能ならばわたくしのことを侯爵家の人間ではなくひとりの社会人女性として扱ってくださいませ」
「そ、そう言われてもなあ……」

 会社を経営していく上で体裁や体面というものもある。セシリーナが渋っていると、ユリアが閃いたように手を叩いた。

「それならば折衷案はいかがでしょう?」
「と言いますと?」
「業務委託での契約ですわ」
「委託……」
「ええ。外部への業務委託という形で、わたくしにあなたの会社のお仕事を請け負わせてくださいな」
「ああ、なるほど」

 ユリアとは業務委託契約を結ぶ。その契約書にある業務だけを外部に委託するという形で彼女に依頼するのだ。そうすれば彼女は従業員ではなく協力者という体裁をとれるはずだ。それだったら侯爵家と伯爵家という身分云々を気にすることなく、むしろ同じ貴族として協力を仰いだという形をとれるかもしれない。なるほどたしかに折衷案だ。
 セシリーナはユリアに片手を差し出す。

「ありがとう! これからよろしくお願いします、ユリア!」
「うふふ。楽しくなりそうですわね、社長!」
「社長はやめてってば……」

 ユリアは差し出されたセシリーナの手を取り握手をする。
 こうしてセシリーナはオルフェ侯爵家という強力な後ろ盾を得ることに成功した。
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