【書籍化】聖騎士様と始める異世界旅行事業 ~旅行会社の会社員でしたが異世界に転生したので起業します~
 ※女神視点

 わたくしがその存在を知ったのは、わたくしの新世界に異変が現れたからでした。『星を喰らう魔獣』は誕生した新世界をすぐに喰らうわけではありません。まずは新世界に卵を産みつけ、大地から養分を吸い取って孵化させ、そのあいだに成熟した世界を幼体が喰らうのです。
 幼体に喰われた世界は、そこに生きていたすべての命が失われます。魔物が成長するための栄養分として。そうして喰らい尽くされた世界は消滅します。すると幼体は成体となり、子孫を残すために絵本に擬態して読み手をおびき寄せます。無事に読み手が見つかって新世界が作り出されたら、あとはさきほどの繰り返しで卵を産みつけて世界を喰らう瞬間を虎視眈々と待つのです。
 そこで女神は一息置いてからセシリーナたちを見回した。

「――けれどもわたくしは、その運命から抗いたかった。わたくしの大切な理想郷を傷つけられたくなかった。わたくしにとってこの世界もそこに生きる命も宝物だから」
「星を喰らう魔獣か……にわかには信じられない話だ。そのような魔物が本当にこの世界に存在しているのか?」

 竜王が意味もなく周囲を見渡す。女神は頷いた。

「それについてはあとで魔獣の卵のある部屋に案内いたします。その前に、わたくしがどのようにして『星を喰らう魔獣』に対抗しようとしたのかをお話しさせてください」

 女神はアベルと竜王を見やる。

「わたくしは、この世界を守るには『星を喰らう魔獣』が孵化する前に倒さなければならないと判断いたしました。おそらく幼体になってからでは手強くなる。けれども、卵の殻はよほど頑丈なのかなにをしても破れませんでした……」

 女神がいったいなにを試したのかはわからない。けれど、この世界の創造主としてできることはすべてやってくれたのだろう。それでも魔物の殻は破れないどころか、ヒビさえ入れられなかったのだ。『星を喰らう魔獣』の強大さを物語っている。
 竜王がしびれを切らして地団駄を踏んだ。

「それで、おまえはどうすることにしたのだ? まさか魔獣が孵化するまで手をこまねいて見ているわけではなかろう?」
「えぇ。卵の状態で倒せないのならば、せめて幼体のうちに倒すしかない。成体になる前に。それがわたくしの立てた次の作戦でした。幼体は、無抵抗であると思われた卵の形態に比べると苦戦を強いられる。おそらくわたくしひとりの力では太刀打ちできない。だから、この世界に住まう人間たちの力をお借りしようと思ったのです」

 女神はアベルと竜王に目を向ける。

「そこで生まれたのが聖騎士と竜王です。聖騎士が人間たちの暮らす中心である中央大陸を守り、竜王がそこを侵略するために度々襲ってくる――わたくしはそのような伝承をこの世界に流しました。そうして聖騎士と竜王を何世代にも渡って戦わせることで、ただ卵の孵化を待つのではなく人間たちの戦う技術の発展を目指したのです」
「それは、いつか卵から孵化する魔物を倒すために、人びとの戦闘能力を高めたということなのか?」

 聖騎士家系の当事者であるアベルが真剣に聞き返す。自分はなぜ聖騎士に生まれたのか、自分の存在理由を知りたいのだろう。彼はずっとその呪縛に縛られてきたから。
 女神は申し訳なさそうに眉根を寄せた。

「……ごめんなさい。『星を喰らう魔獣』に対抗するためには総戦力を高めておく必要があると思ったのです。わたくしの思惑通り、人びとは長い歴史の中で剣や魔法の技術を高めていきました。聖騎士と竜王も代を重ねるうちに戦闘技術を磨いてくれたはずです」
「そんな偉そうに言われましても……」

 アベルがぼやいている。
 父親や祖父、曾祖父と連綿と続いてきた聖騎士の家系。代々の聖騎士たちは命を賭して竜王と戦ってきた。それは中央大陸を守るためだと思っていたけれど、真実は『星を喰らう魔獣』からこの世界を守るためだったのだ。宿敵である竜王と力を合わせて。
 フィオナが顎に指先を当てる。

「ずいぶんと壮大な話になってきましたが、要するにわたしたちは『星を喰らう魔獣』を倒せばいいわけですね。幼体であるうちに。そこはわかりました。わたしからひとつだけ質問させてください。なぜ先輩とわたしをこの世界に転生させたのですか?」

 たしかにこの世界の問題はこの世界の人間たちの力で解決すればよかったはずだ。なぜわざわざ自分たちを転生させたのだろう。事態を複雑にするだけなのに。
 女神が顔を上げた。

「それは人間たちの戦う能力を格上げするためです」
「格上げ……」

 セシリーナが呟く。女神が深く頷いた。

「わたくしは前世の魂を現世に転生させる時に、女神の祝福として特殊な能力を授けることができます。魔獣の卵の孵化が間近だと悟ったわたくしは、今代の聖騎士と竜王を支える能力を持った人間を用意するべきだと判断したのです」
「それが精霊使いの能力を持った先輩と聖女の能力を持ったわたしということ?」

 フィオナが首を傾げる。女神が微笑んだ。

「その通りです。代々聖騎士と共に現れる聖女の中でもフィオナには強い力を授けております。いわゆる大聖女です。『星を喰らう魔獣』に勝つためには精霊使いと大聖女の救けが必要だと思った。だからわたくしは、前世であなた方おふたりが同時に命を失ったことを利用したのです。ふたりに特殊能力を授けてこの世界に転生させるために」
「なるほど。魔物の孵化が間近であるから、今代は勝負の時ということか」

 竜王が挑戦的に唇の端を持ち上げる。女神は勝負の時を前に最大限の駒を揃えたということなのだろう。『星を喰らう魔獣』からこの世界の命を守るために。
 セシリーナはフィオナが持っている聖典を指さした。

「じゃあ、私からもひとつ。聖典が英語で書かれていたこと、火の村アグニスにもその文字が残っていたのはなぜ?」
「さきほども話した通り、わたくしがセシリーナたちと同じ世界の生まれだからです。この世界誕生に関する部分、『星の喰らう魔獣』の存在に関する部分はこの世界の人たちに知られなくなかった。きっと怖がらせてしまうから。だからこの世界の人びとが読めないかつわたくしだけが読める文字を使用しようと思ったのです」
「なるほど、それで英語……」

 セシリーナとフィオナは英語を読むことができる。けれどもそれは問題ないのだろう。セシリーナたちは女神が秘密にしていた『星を喰らう魔獣』と戦わなければならない。真実を知る必要があるのだから。
 座っていた教会の長椅子からアベルが立ち上がった。

「話はわかった。当面俺たちがやることは『星を喰らう魔獣』の討伐だな」
「ふん。聖騎士よりも骨のありそうな相手でなによりだ」
「おまえな……」

 呆れるアベルに竜王が面白そうに笑みかけている。なんだかんだふたりとも気が合いそうだ。まさか竜王と戦うのではなく共闘することになるとは思わなかった。けれども、竜王とフィオナが仲間になってくれると思うとわくわくする。
 女神が皆の仲睦まじい様子を見て微笑む。祭壇の奥を指さした。

「それではさっそくですがご案内いたします。『星を喰らう魔獣』の卵のある場所に」
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