【書籍化】聖騎士様と始める異世界旅行事業 ~旅行会社の会社員でしたが異世界に転生したので起業します~
 女神が示した祭壇の奥地。壁に造られた隠し扉をくぐる。
 扉の先は夜の森だった。どういう仕組みであるのかずっと雨が降り注いでいる。周囲は霧雨で靄がかかっており先まで見通せない。
 草木以外に生きるものの気配がなかった。静謐だけれど不気味にも感じられる。
 セシリーナは怯えながら辺りを見渡す。

「こ、ここは……?」

 ここが『星を喰らう魔獣』の潜む場所なのだろうか。さきほどの地下都市から繋がっているとは思えないほどの別空間だ。
 先頭に立つ女神が振り向く。

「ここはわたくしが創造の力で造り出した隔離空間です。魔獣の卵はこの先にあります。魔物と交戦になった際に少しでもこの空間で足止めできればと思い生み出しました」
「苦肉の策というわけだな。それに隔離されていれば、仮に魔物と全面対決になっても地上に戦火が広がることを防げるかもしれない」

 竜王が納得する。
 『星を喰らう魔獣』と世界の存続を賭けて戦うことになれば、周囲に気を配っている余裕はなくなる。流れ弾が被弾して町や村に被害が出るかもしれない。人命を守るため女神は隔離空間を造って魔物の卵を閉じ込めたのだ。いつ孵化してもいいように。
 アベルは降りしきる雨の空を見上げた。

「ここはどうして雨が降り続いているんだ? 強敵と戦うには視界が悪い。それに足元がぬかるんで心許ない」
「……止ませたくても止まないのです。自分の生み出した世界を喰われそうになっているわたくしの悲しみなのか、それとも誕生を歓迎されていない『星を喰らう魔獣』の嘆きの涙なのか……。定かではありませんが」

 女神が困ったように苦笑した。
 この雨は皆の悲しみの現れなのだ。誰の涙ということもない。女神と人びと対魔物の構図がある限りこの雨が止むことはないのだろう。
 フィオナが泥でぬかるんだ地面に足を踏み出した。

「それではまいりましょう。この雨が止むように!」
「ずいぶん詩的」
「かわからないでくださいよぉ、先輩!」

 セシリーナが突っ込んでフィオナが拗ねる。二人の軽快なやり取りに場が少しだけ場が和んだ。
 一行はリラックスした表情で頷き合うと、女神に続いて歩き始めた。



 セシリーナたちはしばらく無言で歩き続けていた。周囲からはしとしとと降る雨音だけが聞こえている。草木の茂る林を抜けると、途端に開けた芝生の広場に出た。どんよりとした曇り空。霧のかかった景観の中央に、異様なほど巨大な繭が影を作っていた。その繭は地上に手をついて這いつくばるように伸びている。繭に守られるようにして白茶けた卵の殻が所々覗いていた。
 突如として現れた異様な景色にセシリーナは足を止める。

「大きい……。これが『星を喰らう魔獣』の卵なんですか?」

 見上げるほどの大きさ。胎動しているのか卵の内側がわずかに明滅している。
 女神が卵を睨みつける。

「えぇ。孵化が近いからか以前よりも胎動が激しくなっています。きっとお腹を空かせているのでしょう。あの繭を通して大地から養分を吸っているようですが、それでは満たされなくなってきているのかもしれません」
「……女神、魔物は孵化して幼体となったらすぐに世界を喰らうのか?」

 竜王が卵を見据えて腕組みする。女神は首を左右に振った。

「いいえ。生まれてすぐはよく目が見えていないはずです。動き出すには目を光に慣れさせる必要があるはず」
「それじゃあ、卵が還っても世界はすぐには喰われないってことだな」

 アベルが聖剣の柄に手を置いた。
 幼体になっても魔物はすぐには動き出さない。そこに総攻撃を仕掛けて一気に畳みかけるつもりなのだろう。よく目が見えていないうちに先制攻撃できれば有利に進められるはず。
 フィオナがぽんと手を叩いた。

「先手必勝というやつですね! ……あら? あれはなんでしょう」

 卵の陰から長靴を履いた小人がこちらを覗いている。地面に付くほどの長い髭を蓄えている。先の尖った長靴も頭に被ったとんがり帽子も茶色だった。
 小人の老人はとてとてとこちらに駆け寄ってくると、女神に膝をつく。

「女神様、ご機嫌麗しゅうございます。こちらは変わりございません」
「ご苦労でした、ノーム。紹介いたします。こちら聖騎士と竜王、精霊使いと聖女の皆さまです。『星を喰らう魔獣』と戦うために集まってくださいました」
「おお、そうでしたか! それではすぐにでも儂と契約していただかなければなりませんな。精霊使いのお嬢様はそちらですかな?」

 小人の老人が、目じりに皺を刻んでセシリーナに微笑みかける。

(今、女神様はノームって言ったよね……?)

 ノームは土の精霊だ。四大精霊のうちのひとり。思いがけず出会えてしまった。
 女神がセシリーナの背中をそっと押す。

「ノームには魔物の卵の監視を担ってもらっていたのです。ノームは土の精霊――卵を大地に繋ぎ止めておくことができますから」

 女神に促されてセシリーナはノームの前に出る。
 風の精霊シルフ、水の精霊ウンディーネに続いて三人目だ。火の精霊イフリートが気難しそうだっただけに、土の精霊ノームの好意的な雰囲気にほっとした。
 セシリーナはノームの目線を合わせて屈む。

「初めまして。精霊使いのセシリーナ・シュミットと申します。未熟者ですがあなたの力を貸してください、ノーム」
「喜んで。共に『星を喰らう魔獣』を退けましょう」

 契約の証にか、ノームが赤い小さな実と葉がたくさん付いた細い枝を差し出す。

「これはサンザシの枝ですじゃ。儂の魔力が宿っとります。セシリーナ様、どうぞお持ちください。なにかの役に立つ時があるやもしれませぬ」
「ありがとう。大切に持ち歩きます」

 ノームの生命力が巡っているからかサンザシの枝は生き生きとしていた。淡く発光している枝を懐にしまい込む。
 アベルが女神を振り向いた。

「これでいったん地上に戻る感じでいいか? 他の仲間たちに女神から聞いた話を共有したい。『星を喰らう魔獣』と一緒に戦ってくれるかどうかも確認しないとな」
「ふん、命を賭ける戦いになるやもしれんからな。意思確認をしておいたほうがいいだろう。仲間は多いに越したことはないが、俺がいるのだから問題あるまい」
「あいかわらずすごい自信」

 竜王が鼻を晴らし、フィオナがからかうように突っ込んでいる。竜王はすかさず彼女のことを恨めしそうに睨む。けれども彼女はどこ吹く風だった。良いコンビだ。
 セシリーナは傍らのアベルを見上げる。

「ケルヴィンやヒースに話してみないとですね。今ごろ心配しながら私たちの帰りを待ってくれているかもしれない」
「そうだな。仲間に確認をとった後は、国王陛下にもご進言申し上げないとな。全世界を巻き込んだ戦いになりそうだからな」

 全世界を対象とした大戦……その中心にアベルと竜王が立つことになるのだろう。勝敗が自分の肩にかかってくることはとてつもない重圧だ。

(きっと自分とフィオナはアベルと竜王の一番近くにいることになる。ふたりを支えるのは自分たちの役目だ)

 彼らの戦う剣と心が折れてしまわないように一番近くで支える。とても大切な役割だ。
 セシリーナたちは隔離空間の夜の森を後にする。魔物の卵が不気味に輝く。セシリーナたちに宣戦布告をするかのように。
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