メシマズな彼女はイケメンシェフに溺愛される
 いただきますをして食べた彼は、晴れやかな笑みを浮かべた。
「やっぱりおいしい!」
 陽音は自信なく一口を食べる。彼の料理と違って大味で、プロに誇れる料理ではない。

「夢だったんだ、君の手料理を食べるの。いつかその気になってくれたらと思ってた。予想より早く食べられて嬉しい」
 陽音は顔をムッと怒りに染めた。
「騙したのね。腕が痛いのって」
「ごめん。どうしても食べたくて」
 とろけるまなざしは溺愛の慈雨。怒りの炎は鎮火させられ、陽音はため息をこぼした。

「これからはやめて」
「やめるからまた作って」
 陽音はとっさに、答えられない。

「強制する気はないよ。気になっているのは、君が料理を嫌いになったことなんだ。小さい頃は好きだったんだよね? それが悲しくて。もとから嫌いだったらこんなことは言わない」
 陽音は迷うように彼を見た。

「それに、食事って信頼の証だよね。毒が入ってるかもなんて疑ったら食べられやしない。料理で君との信頼が深くなったら嬉しいよ」
「だけど……」
 やはり怖い。彼が淳太のようになってしまったら。

「ひとりじゃないんだ。一緒に考えよう。できるところから始めたらいい。ハンバーグをこねるくらいならどう? 野菜の皮をむくのは平気? 玉ねぎなら道具がいらないし、それから……」
 ぽんぽんと出て来るアイディアに、陽音の鼻の奥がつんと痛んだ。どれだけずっと考えてくれたのだろう。

「君の料理に俺が魔法をかけてあげる。だから心配しないで」
 陽音は目を潤ませて彼を見た。穏やかな笑みに、心の奥にあった黒い塊が溶けていくかのようだ。

 期待に応えたい。
 思った直後、ふわりと胸に蘇る。
 母と一緒に台所に立ったこと。ケーキを焼いたらふくらまなくて泣いたこと。スープを作ったらすごくまずかったのに、母が入れたコンソメで魔法のようにおいしくなったこと。

「食事って命を作る作業だよね。俺は、俺の命を陽音の料理で作りたい」
 まっすぐな瞳に、陽音の心臓が温かく脈打つ。
「……じゃあ、今度の休みに」
 答えると、彼は顔をほころばせた。
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