メシマズな彼女はイケメンシェフに溺愛される
 事故で亡くなった両親の保険金を資金として出そうとしたら、詳細を言っていないのに彼は拒否した。
『大事なお金でしょ。とっておいて』
『だけど、ふたりでやっていくお店だから出させて』
 彼がすべてを出すのではふたりのお店という実感が持てないと思ったから、結局、社会人になって貯めたうちの百万が入った通帳を渡した。
 彼が受け取ってくれると、ようやく自分を受け入れてくれたような気がした。

 メニューは彼が決めたが、内装やテーブルなどの備品は陽音も意見を出した。
 そうしてふたりで頑張ってきたのに、こんな簡単に努力を踏みにじられるなんて。

 弁護士に頼んだら、どうなるだろう。
 グルメーズには顧問弁護士がいるだろう。弁護士同士が話し合い、それで解決するのは何年後になるだろうか。
 その間に店はどうなるだろう。つぶれるだろうか。そんなの絶対に嫌だ。頑張って来た乃蒼の未来を邪魔する自分なんて、絶対に許せない。

 だったら離婚したほうがいい。それで攻撃がやむのなら。
 まだ彼は三十二歳。今すぐ別れれば再婚の可能性も高くなるだろう。
 離婚したら、どこか遠くへ行こう。
 両親の残したお金があるから、多少のことはどうにかなる。乃蒼に慰謝料を払うことだってできるが、彼が資金を辞退したおかげなのが皮肉だ。

 二階に戻ると、寝室からがさごそと音がした。覗いてみると、彼がトランクケースを出している。
「どうしたの?」
「旅行の準備。久しぶりに使うなあ」
 がばっと開けると、その中には一冊の通帳が入っていた。
 見覚えのある通帳に嫌な予感がして手を伸ばした。が、彼の手が一瞬早く手帳をつかむ。
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