メシマズな彼女はイケメンシェフに溺愛される
 出会ったときから今まで、何度見とれたことだろう。顔の造形から手足の先に至るまですべての均整がとれている。背の高い全身から漂う清潔感はきっと日本一。重いフライパンをふるうからか、体は意外にたくましい。
 今日もコックコートが似合っていて、白い帽子(トップブランシュ)もさまになっている。この帽子が長いほど地位が高いとされいているのは日本だけで、コック帽の発祥の地であるフランスではそんなルールはない。

 勝手口の外に出てゴミ箱にちりとりのゴミを捨てる。店内に戻って掃除道具を片付けると乃蒼が言った。
「もう十一時半だね。開けてくれる?」
「わかった」
 陽音はハンドソープで手を洗って入り口に行き、ドアにかかった札を『fermé(フェルメ)(閉店)』から『ouvert(ウヴリール)(開店)』にひっくり返し、二つ折りのスタンド看板を外に出しておもりを載せる。

 ランチタイムはそれなりに賑わう。三時でいったん閉めたあとは食事をして仕込みをおこない、五時から再オープンして八時半にオーダーストップ、九時に閉店だ。定休日は水曜日と日曜日の二日。ほどほどに稼いでほどほどに生きて行こう、とふたりで決めたからだ。
 八時くらいに常連の湖中修造(こなか しゅうぞう)原絢子(はら あやこ)が連れだって現れ、陽音は少し驚いた。

「いらっしゃいませ。ご一緒なのは珍しいですね」
「入口で会って」
「たまたまね」
 ふたりは笑い合い、カウンターにひとりぶんを開けて座った。恋人どころか友人ですらないふたりだが、いつの間にか金曜の夜の同じ時間に現れるようになった。
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