メシマズな彼女はイケメンシェフに溺愛される
 四十過ぎの修造は少し太っていて、いつもほがらかに食事をしていく。髪が後退しているのを『俺が前進しているだけだ』と言い張っているのが面白い。笑っていたら、有名人が言っていたのを真似したのだと教えてくれた。
 絢子は離婚歴があり、週に一度のこの店での食事を楽しみにしているという。

「食事は今日のおすすめを」
「私も」
「ワインはいかがされますか」
 陽音がたずねる。

「俺はグラスの赤で」
「私もグラス。ロゼで」
「かしこまりました」

 乃蒼に目配せすると、彼はワインをグラスに注いでカウンターに置いた。続いて料理を始める。彼の手際は魔法のようで、いつもほれぼれする。
 スープを配膳したのち、作り置きのサラダを冷蔵庫から出して乃蒼のお手製ドレッシングをかけ、彼らの前に置いた。

「今日もおいしい」
「幸せ~」
 陽音はそっとテーブル席を窺った。カップルがそろそろ食べ終わりそうだ。

「乃蒼、デザート(デセール)を」
「了解」
 乃蒼はプチケーキを出して皿に載せ、アイスを添えたあと、苺ソースで小さなハートを描く。男性からリクエストがあったので、女性の皿にチョコレートソースで『LOVE YOU』と書き添えた。

 陽音は食器を下げたあと、ケーキをふたりの前に置く。
 女性はメッセージに目を輝かせ、男性は照れた笑みを返していた。
 食事を終えたふたりは会計を済ませ、仲睦まじく店を出て行く。
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