この恋は報われないはずだった
「いっぱい買ったね、お兄ちゃん重くない?」
「全然。これくらい余裕だよ」

 買い物が終わると、重い荷物はお兄ちゃんが全部持ってくれて私の手元には軽い物しか持たされていなかった。お兄ちゃん、こういうところもさりげなく優しくて、なんだか悔しい。
 私に対しては妹だからこうして優しいけれど、きっと彼女だった人たちには好きな人だからという気持ちで優しくしてあげていたんだろうな。私に向けるのとは違う大切さ。そう思ったら、また胸の奥が痛くなる。ダメダメ、考えちゃだめだってば。

「……楓?」

 突然、聞き慣れた、でももう二度と聞きたくない声が聞こえてきて、私はビクッと肩を震わせる。え……どうして?なんでこの声が聞こえてきたの?

「うそ、(さとる)……」

 恐る恐る声のする方を見ると、そこには元彼の聡と彼女がいた。今、一番会いたくない人に会ってしまうだなんて、神様、私は何かいけないことをしたのでしょうか。

「知り合い?」

 隣にいたお兄ちゃんが不思議そうに二人を見てから私へ聞いてくる。そんなお兄ちゃんを見て、聡は目を細めてふうん、と呟く。

「お前、あっさり次の男捕まえていたんだ。……いや、お前ももしかして二股かけてたのか?最低だな」
「なっ!そんなことしてない!それに、二股かけてたのはあなたでしょ!」

 私が咄嗟に言い返すと、聡の隣にいる彼女が意地悪そうな顔でお兄ちゃんを見て、口を開く。

「遠野さん、私と彼が婚約していたのに彼と隠れて二年も付き合ってたんです。最低な女だからやめたほうがいいですよ」
「……それは、本当に知らなくて!」
「知らなかったら何してもいいと思ってるの?それに、知らなかっただなんてどうせ嘘でしょ?人の男に手を出しておいて被害者面しないでよ」

 ばっさりと彼女が言い放つ。私は思わず聡の顔を見たけれど、素知らぬ顔で目を逸らされた。そう、この人はこういう人だった。一番悪いのはこの人のはずなのに、私が何を言われても知らんふりを決め込んでほとぼりが冷めるのを待っているんだ。

 だめだ、目の前が真っ暗になる。お兄ちゃんにも二人のことを知られてしまった。お兄ちゃん、どんな顔してるかな。私のこと幻滅したかな。お兄ちゃんには信じて欲しいのに、もしも信じてもらえなかったら、私はもうどうしていいのかわからない。

「いい加減にしてくれませんか」

 どん底に落とされていた私の耳に、お兄ちゃんのよく響く、でも怒りを孕んだ声が入り込んできた。その声は、真っ暗だった目の前の視界を一気にクリアにする。

「何があったかは知りませんが、楓の言い分も聞かずに一方的に責めるのはおかしいでしょう。それに、もう終わったことなんですよね?楓はあなたたちから離れてもう新しい人生を歩み始めている。あなたたちだってそうだ、だったらお互いに関わらないほうが身のためです」

 それに、と言ってお兄ちゃんは私を守るように肩をグッと引き寄せた。

「俺の知っている楓は、彼女がいる男と平気で二年も付き合うような女じゃない。あんたに彼女がいるって知ってたなら、絶対にあんたみたいなクソ男と付き合ったりしないんだよ」

 お兄ちゃんがジロリ、と厳しい視線を聡に向けると、聡はビクッと驚いたように肩を震わせた。

「もう金輪際、楓に近づかないでください。どこかで見かけても、偶然出会っても、二度と声をかけないでください。……これ以上楓に嫌な思いをさせたら、俺が絶対に許さないからな」

 驚いてお兄ちゃんを見上げると、お兄ちゃんは見たこともないような恐ろしい顔を二人に向けていた。お兄ちゃんの気迫に、二人は青ざめて顔を引きつらせている。

「行こう、楓」

 そう言って、お兄ちゃんは私の肩を抱いたままその場を後にした。


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