調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
「佐々木また早退だって?」
「えっと、お子さんが大変みたいです。でも今日は店長もいますから安心ですね!」

 紗奈が明るく振る舞うと、高橋は深いため息をついた。

「……はぁ。こんなに休むなら休職しろよな」

 高橋がそう言い残して去ると、紗奈の上がりきった口角だけがとり残される。

(高橋さん、今日も機嫌悪いのね)

 最近高橋も苛立ちを表に出すようになった。佐々木のことが気に触るのもあるだろうが、どうやら別の問題もあるようだ。

『ねえ、辞令見た? 今度のエリアマネージャー補佐、高橋さんの同期なんだって』
『へぇ。じゃあ次期エリアマネージャーはその人なんだ。……だから最近高橋さんイライラしてるんだね』
『やっぱりそう思う? 苛立つのはしょうがないけど、こっちに矛先向けないでほしいよねぇ』

 とパート社員たちが噂していたのだ。

(高橋さんは出世に意欲的だし、きっとエリアマネージャー補佐のポジションを狙っていたわよね)

 紗奈がチラリと高橋を見ると、どこかへ電話をしているところだった。

「困りますよ! ちゃんと連絡したじゃないですか? お客様が待っているんですよ!?」
「……はぁ。分かりました。でも、俺たちが客のクレームを全て受け止めてるって、ちゃーんと認識しておいてくださいね」

 高橋の言葉と受話器から漏れ聞こえてくる声から察するに、おそらく発注トラブルだろう。
 今はお客様がいないけれど、店内に響き渡る声で怒鳴るのは勘弁してほしい。
 店長が慌てて高橋に走り寄っていくのが見えた。

(はぁ……こんな雰囲気、最悪じゃないの)

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