調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
「ここで大丈夫です。ありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかった。僕の愚痴を聞いてくれてありがとう」
「そんな! お話ししてくださって嬉しかったです。将来を考えるためのヒントをもらった気がします」
「そんな風に言われると、調子に乗ってしまうな」

 結局アパートまで送ってもらった紗奈は、笑みを浮かべながら内心焦っていた。

(何もかもお世話になったんだから、何かお礼をすべきよね。でも後日お礼を渡すのは断られそうだし、かといって今お渡しできるものなんて……)

 鞄の中をそっと探る。すると以前店長からもらった美術館のチケットが目に入った。
 反射的にそれをつかんで、小笠原に差し出す。

「あのっ、これお礼と言うのもあれなんですけど、もらってください」
「美術館のチケットですか。『食とアート展』面白そうです。いただいて良いんですか?」
「はい。貰い物なんですけど、一緒に行く相手もいないですし」

 小笠原は受け取ったチケットをじっと見つめて、それから紗奈を見た。

「じゃあ一緒に行きませんか? 僕にも一緒に行ってくれそうな人、いないので」
「え? あ、はい。私でよければ……」

 小笠原のまっすぐな瞳に思わず頷いてしまう。

「良かった。じゃあ連絡先、交換しましょう」



(あれ? これってお礼になっていないんじゃ……)

 紗奈がそう気がついた時には、小笠原の車は走り去った後だった。
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