調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
 小笠原の言葉がストンと入ってくる。
 そうだ、接客だけが好きなのではない、と。

「本当に……その通りですね。私も接客だけじゃなく、眼鏡をかけて嬉しそうに笑っているお客様が好きなんです。……そっか、そうだった」

 紗奈は自分の口から出た声が、想像以上に明るくなっていたことに驚いた。

(そうだ。接客が出来なくても、お客様のために仕事をするのなら同じなんだわ)

 初めは何となくで就職した仕事だった。だから、やり始めてから「好き」を知ったのだ。
 ならば店長という立場も同じではないか。それに立場が変わっても店を辞めるわけではない。
 眼鏡を売ることに変わりはないのだから――。

 そう思うと紗奈の気持ちはグンと前を向いた。

「小笠原さん、すごいです! 大発見です! あっ……すみません、勝手にテンションが上がってしまいました」

 はしゃいだ声を出してしまい慌てて謝ると、小笠原の吹き出す声が聞こえてきた。

「ふっ……はははっ! やっぱり電話して良かった。亀井さんとお話しすると元気が出ます。ありがとう」
「い、今のは忘れてくださいっ」

(恥ずかしいっ。小笠原さんの記憶を消したいっ! ……でも、笑ってくれたなら、いいか)


 その後、少しだけ雑談をしてから電話を終えた。
 電話切る間際、彼の発した「おやすみなさい」という言葉がしばらく紗奈の脳内に残っていた。



「よし、一旦落ち着こう」

 じんわりと熱くなった頬をパンパンと軽く叩いて冷静さを呼び戻す。

「店長の推薦、受けてみようかな。……その前に、今ある問題を解決したいけど」

 佐々木や高橋への対応。推薦を受けるのに一番躊躇している問題はそれだ。
 けれど今の紗奈にとって、それらのモヤモヤには少しだけ晴れ間が見えていた。

「何事も自分が変わらないとね。よーし、考えてみますか! まずは二人とコミュニケーションを取るべきよね!」

 紗奈は香水をつけてパソコンの前に座ると、まずは調べ物を始めた。
 調べ物には時間がかかったが、グリーンティーとホワイトムスクの香りが彼女を見守っていた。



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