調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
 水曜日、紗奈は朝からソワソワしていた。
 今日は小笠原が眼鏡を取りに来る日。そして、美術館へ行く日でもあった。

 水曜日に休みが取れた小笠原と、ちょうどその日は午前中勤務だけだった紗奈。あれよあれよという間に日程が決まったのだ。

 朝の身支度にも少しだけ気合が入る。彼の隣に並んで歩くことを考えると、恥ずかしい格好は避けたかった。

「化粧……変じゃないよね? うーん……眉毛描き直そうかな?」

 鏡の前で何度も確認してしまう。
 チラリと時計を見ると出勤の時間が迫っている。

「やばっ、もう行かないと!」

 出かける直前、テーブルに置きっ放しになっていた書類を引っ掴むと、慌てて出発した。

(今日は業務の前に、一仕事あるからね!)



 紗奈が出勤すると、ちょうど佐々木と高橋も来ていた。今日の午前中は三人でのシフトなのだ。

「おはようございます!」

 紗奈が元気よく挨拶をすると、佐々木も高橋もなんとも言えぬ表情でボソボソと挨拶を返してきた。最近二人によく話しかけるせいか、不機嫌というより不思議がられていた。

 佐々木とともに更衣室に入ると、紗奈は書類を取り出した。

「佐々木さん。余計なお世話かもしれないんだけど、病児保育とかを調べてみたの。それから、こっちは託児サービス付きのリラクゼーション施設。あとね、うちの会社の有休の『特別休暇』ってあるでしょう? 年五日もらえるやつ。あれ、育児中のリラックス目的での取得オッケーだから使ってみて」

 プリントしてきたものを渡すと、佐々木はぽかんとしていた。

「先輩が調べたんですか? 全部?」
「うん。鬱陶しかったら申し訳ないんだけど、これくらいしか思いつかなくて……。私は子育て経験もないから、ちゃんとしたアドバイスも出来ないし。……さ、佐々木さん?」

 紗奈の言葉に佐々木の目がみるみる真っ赤になっていく。そしてワッと顔を覆ってしまった。
 
「ご、ごめんなさいっ。私、先輩にあたってばかりいたのに……うぅっ……ありがとうございます」

 佐々木の絞り出したような声に、紗奈は安堵の表情を浮かべた。

「気にしないで。私も口だけで何もしなかったし。ほら、涙拭いて。少し落ち着いたらおいで。私、先に行ってるからね」
「はいっ!」

 顔をくしゃくしゃにしながら微笑んだ佐々木は、どこかスッキリとした顔をしていた。

(受け取ってもらえて良かったぁ。これで佐々木さんに少しでも余裕が出れば良いんだけど……)



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