調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
 小笠原は一度部屋から退出した後、慌ただしく救急箱を持って戻ってきた。瓶入りの消毒液の蓋を開けながら、彼はふと視線を落とした。

「本当に申し訳ありません。僕のせいで……」
「小笠原様のせいではありませんよ。私が勝手に転んだだけですから」

 小笠原は「ですが……」と申し訳なさそうに跪き、消毒液を含ませたコットンを紗奈の膝に当てた。

「……っ!」
「滲みますよね、すみません」
「だ、大丈夫です」

 確かに若干しみたけれど、紗奈の意識は別のところにあった。

(お客様を跪かせて手当てさせるとかっ! 私は一体何様なの!?)

 手当てを直視するとパニックになりそうだった紗奈は、無理矢理別のことを考えることにした。

「あ、あの……素敵なお店ですね。香水の専門店なんて初めて入りました」
「ありがとうございます」

 ダークブラウンの瞳が紗奈をまっすぐ見つめている。短く艶やかな黒髪やシャープな眉からは洗練した印象を受けるが、ふわりした微笑みを浮かべている彼は、まるで日だまりのように温かかった。

「そうだ。お名前をうかがっても構いませんか?」
「亀井紗奈と言います」
「では亀井様。お時間がありましたら、いくつか香水をご覧になりませんか?」
「は、はい」

 紗奈は思わず頷いた。

(それにしても本当に偶然。つい数日前に接客したお客様の『お客様』になってしまうなんて……)

 紗奈と小笠原の出会いは遡ること数日前。紗奈に大きな悩みが降ってきた頃だった――。


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