憧れの専務は私の恋人⁉︎

6.告白

 驚いたけれど、これは単なる告白ではない。きっと今日のように「恋人のふり」をして欲しいという依頼だ。

「今日みたいに恋人のふりをするということでしょうか?」
「違う。俺の彼女になって欲しいんだ。」

(かっ、彼女!?)

 私はようやく持ったままだったジョッキをテーブルに置いた。

「お言葉は嬉しいのですが、私は専務とお会いしてまだ間もないですし……急にお付き合いというのは……」

 専務と話したのは展示会の時が初めてで、今日が二度目。しかもプライベートな付き合いは、さっきパフェを食べたくらい。告白されるほど親密になってはいない。

「早川さんは俺のことが好きなんじゃないの?」
「それは……」

 専務の言う通り、私は専務のことが好きだ。でも、それはあくまで遠くから見て憧れているというだけ。恋人となると別問題だ。

「専務の恋人というのは、私にはちょっと荷が重すぎると言いますか……専務には、もっと相応しい方がいらっしゃると思いますし……」
「そうか……」

 専務は顎に手を当てて宙を見上げると、ふと何かを閃いたかのようにこちらを向いた。

「わかった。俺の熱意を伝えるよ。」
「え?」

「これから早川さんの好きなところを全部言う。それから、俺と一緒にいることのメリットと、考えられるデメリットを話すから、それらを聞いた上で判断して……」
「そ、それは言わなくていいですっ!」

 そんなこと恥ずかしくて耐えられない。

「じゃあ、どうしたら付き合ってくれるの?俺は早川さんのことが好きだ。早川さんも俺のことを好きなんでしょ?彼氏もいない。断る理由はなに?」

 展示会で次々と契約を決める専務はカッコよかった。でも私は専務の後ろを追いかけていただけ。今日もそうだ。私からは専務の後ろ姿しか見えない。

「私に専務の恋人は務まりません……」

 憧れの専務から告白されたのだ。頷いてしまえばいいのにと思うけれど、そう簡単にはいかない。顔を俯けると、専務のため息が聞こえてきた。

(これで、婚約者のふりも終わり……もう1回くらい、パフェ食べたかったな……)

 ジョッキに手を伸ばすと、思いがけない言葉が聞こえてきた。

「わかった。じゃあ、恋人のふりならできる?」
「恋人のふり……ですか?」

 私は驚いて顔を上げた。また『ふり』を頼まれるとは思わなかった。

「今日は秘書や婚約者として振舞ってもらった。だから、これからは恋人のふり。それならできるよね?」
「それでしたら……できると思いますが……」

「牽制したい相手はまだいるし、またパフェも食べたいと思ってる。それに、この個室に入るためには早川さんがいないとだめそうだからね。」
「わかりました……そういうことでしたら……」

「これからも俺の恋人として、お願いね。」

 告白を断ってしまったけれど、専務はまだ私を必要としてくれている。それがすごく嬉しかった。ジョッキを手に取ってビールを飲むと、専務は不自然なほどニコニコと微笑んでいた。

「恋人なら、もっと親しく見せないといけないよね。そう思わない?」

 恋人のふりであろうと、今日のような婚約者や秘書のふりと変わらない。ジョッキを置いて、どういう意味なのかと聞こうとすると──

「名前で呼び合おうよ。そうすれば、仕事とプライベートを区別できる。ね、詩織?」

 ぶわっと顔が熱くなって、私は思わず両手で顔を覆った。専務はくすくすと笑っている。

「名前呼んだだけで赤くなるなんて、可愛すぎるよ!」
「意地悪しないでください!」

 これからは、名前を呼ばれる度にこんな恥ずかしい思いをしなければならないのだろうか。

「詩織も呼んでみてよ。」
「無理ですっ!」

「ほら、早くしないと店員さんが来ちゃうよ?」

 廊下から足音が聞こえてくる。私は小さく深呼吸をしてからつぶやいた。

「…………智也さん……」
「うわっ、やば!俺も恥ずかしいかも!」

 専務も顔が赤くなっている。勝手に言って勝手に恥ずかしがらないでほしい。

 その後すぐに美味しそうな料理が運ばれてきた。ここの料理はすごく美味しい。だけど、今日は箸が進まない。

(パフェ食べちゃったからね……)

 そういうことにしておいた。
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