君の好きな人になりたかっただけ
その現実が一気に重くのしかかってきて、やっと私は直樹を失ったことを理解する。

しおりを握りしめたまま泣きじゃくる私の手に、そっと尚人が自分の手を重ねてきた。


「花楓が苦しむくらいなら、兄貴のことは思い出さないでほしいと思ってた。…だけど、そんなの間違ってるよな。兄貴を好きだっていう気持ちまでなかったことにするなんて、そんなの間違ってる。兄貴がいたから俺の恋は報われなかった。それでいいんだ。兄貴を想って想われてる時の花楓は世界で一番幸せそうな顔をして笑ってたから」


…全部思い出したよ。

優しい笑顔も、笑うとできるえくぼも、可愛いねって恥ずかしがらずに褒めてくれるところも、私を大切に触る手も、真っ直ぐに見つめてくる熱い眼差しも、全部が愛おしかったこと。

たしかに、直樹を失ったことを忘れて生きていく方が私は幸せだったのかもしれない。

何も知らずに、私を大切に想ってくれる人の隣で笑っている方が苦しくて悲しみに潰されそうになることもなかったのかもしれない。

だけど…。


「ありがとう、尚人。私のそばにいてくれて。でもね私は、直樹のこと何一つも忘れたくない。一緒に生きていた時間、想って想われていた時間、一分一秒も忘れたくないの。直樹の好きな人になれて、私はもう一生分の幸せをもらったから。今までもこれからもずっと、直樹が私の好きな人だから」

「…ああ」


直樹のことを好きなこの気持ちだけは、どう足掻いても消せない。消したくない。

だからこそ、勿忘草が私の記憶を呼び戻してくれたのかもしれない。

これからも一生直樹をなくした罪を背負って私は生きていく。

直樹の分も、ずっと。

そしていつかまた会えた時に、「忘れなかったよ」と言えるように直樹のことをずっとずっと覚えているよ…。
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