亡国の聖女は氷帝に溺愛される
 それから、ふたりは降り出した雨から逃れるために、近くの大木の下に身を寄せた。

 落ちた先は森だったのか、見渡す限り木々や草花しかなかった。だが雨を受ける緑は青々しく、滴を落とす花は瑞々しく、耳を打つ雨音も不思議と心地いいもので。

 ふたりは長いこと雨音に耳を傾けていたが、先に口を開いたのはルーチェの方だった。

「わたしは十歳の時に、聖女として神殿に迎えられました」

「それ以前は普通に暮らしていたのか?」

「はい。優しい家族と一緒に、人里で暮らしていました」

 人里という言葉に引っかかるものがあったのか、ヴィルジールが眉を寄せる。

「人里で暮らすことがいけないことのように聞こえるが」

 ルーチェは伏し目がちにしながら頷いた。

「聖女は……生まれたらすぐに神殿に引き渡すのが、イージスの掟だったので」

「聖女は神殿で育てられるということか」

「ええ、本来ならば。ですが私は、十年も家族と暮らしていたので……自分自身が持つ力の使い方が分からなくなっていたのです」

 イージスの聖女は、神殿で生まれるわけではない。裕福な家で生まれることもあれば、貧しい家で生まれることもある。どちらにせよ、聖女が生まれた家は、聖女と引き換えに生涯働かなくても食べていけるだけの援助を受けることができる。

 だけど、ルーチェの家族は──フィオナの両親は、それを望まなかった。
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