亡国の聖女は氷帝に溺愛される


 夜の帷が下り、マーズの城は暗闇に包まれていた。

 すべての部屋の明かりが消されている今は、夜を好む精霊たちの光だけが瞬いている。彼らを除いては、皆とうに夢の世界に足を踏み入れていることだろう。

 静寂に満ちた廊下を、ヴィルジールは静かに突き進んでいた。

 向かう先は黄金の月の紋章が輝く、大きな赤い扉の部屋だ。

 部屋の主はヴィルジールが来ることを分かっていたのか、彼が扉の前に辿り着くよりも先に、内側から開け放った。

「──こんばんは、氷帝さん」

 ノエルは湯浴みを済ませたばかりなのか、頭からタオルを被っていた。

「……話がしたい」
「僕と?」
「そうに決まっているだろう。だから夜更けに来た」

 ノエルはふうんと気のない返事をした。濡れた髪を拭きながら、ちらりとヴィルジールを見遣る。

 ヴィルジールはどこか遠い目でノエルを見下ろしていた。

「……いいよ。中に入って」

「ああ。……失礼する」

 軽く一礼してから部屋に入ったヴィルジールを見て、ノエルは思わず笑ってしまった。夜中に突然押しかけたことを悪いと思う、人の心があったのだ。
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