赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
「あの場で断っていたら、今頃私は社交界で悪女の名声を高めつつ非難の渦中に身を置く羽目になっていたと思いますわ」

 というわけで、不可抗力ですと微笑む私に、

「俺には君が自ら嬉々として危険の中に飛び込んで行ったように見えたんだが」

 だからなんで君はそう無茶をするんだとセルヴィス様が憂い顔でため息をついた。

「……だって、せっかくあなたがクローゼアに興味を持ってくださったのですもの。懸念事項は潰しておきたいじゃないですか?」

 帝国で過ごすうち、この国に転がるおおよその問題点は把握できた。だが、静観していたところで事態は変わらない。
 売国しクローゼアが帝国に取り込まれたとしても、その後手が出せない状況でイザベラが一人苦しむことになったら意味がない。
 せっかく向こうから仕掛けてくれるというのなら、カウンター狙いで乗ってみるのも一興だろう。
 上手くいけば、火の粉のひとつも払えるかもしれない。
 そうできたら、と。

「早く売国計画を進めて、植物園の改装に着手したいのです」

 偽物姫の私が願うには、過ぎたわがままを思い浮かべ、

「綺麗なお花を沢山の人に見てほしいし、あの貴重な植物の研究もしてみたいですし。新しい薬が作れたら多くの人が救えるかもしれない。あそこにはそんな可能性がいっぱい詰まっているんです」

 考えただけでワクワクしませんか? とこれから先の可能性について語る。
 セルヴィス様を想うこの気持ちは、明かすことも遺すこともできないから。

「ミリア様の植物園、黒字にする約束をしたでしょう?」

 私が帝国を去る日が来ても、"ああ、そんな日があったな"なんて、セルヴィス様が思い出してくれるような"何か"を遺して行きたいと思ったのだ。
 その時に彼が思い出す名前が、(リィル)でなかったとしても。

「……本当に君は、俺の思い通りには動いてくれないな」

「ふふ、なにせ"暴君王女"なもので」

 そう言って応戦する私の蜂蜜色の髪を掬ったセルヴィス様はそこにキスを落とし、

「充分気をつけてくれ。君に何かあっても、俺はすぐには動けないのだから」

 そう言って誠実な言葉をくれる。
 私が一人で泣いている時に寄り添ってくれた狼と同じ、優しい色をした紺碧の瞳。

「大丈夫、ですわ」

 この歳まで無事に魔窟を生き抜いてきた実績がありますもの、と私は胸を張る。

「だから、この宴が無事に終わりましたら」

 売国するための筋書きはすでにセルヴィス様に渡した。
 あとはセルヴィス様から出される条件を組み込み、話の落とし所を調整するだけだ。
 ようやく、ここまで来た。

「私が望むご褒美をくださいね」

 これ以上、セルヴィス様の側が心地よくなる前に偽物姫は退場しなくては。
 私は自分に言い聞かせ、踵を返した。
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