赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
「セルヴィス様」

 ギリっと歯を噛み締め、殺気立ったセルヴィスに落ち着けとオスカーが声をかける。

「もっと、彼女のことを気にかけておくべきだった」

 自身の肩にクローゼア数十万人もの国民の命を背負っていると自覚しているイザベラが勝手に出て行くなんてありえない。
 ましてや、彼女の望みである売国に王手をかけた状態で。

「一体、どこに……」

『私はどんな状況に追い込まれても、けして生き延びることを諦めたりしない』

 ふと、セルヴィスの耳にイザベラとの会話が蘇る。
 売国が叶うまで、という条件付きだが彼女は自分の元に必ず帰ると約束してくれた。
 セルヴィスは自身の額に指で触れる。彼女がくれたおまじない。

「イザベラなら、何かヒントを残しているかもしれない。宮廷内を隈なく探せ。他にいなくなった人間がいないかも併せて」

 オスカーにそう命じたセルヴィスに、

「すでに手配しております」

 そう言ってオスカーはダリアの簪とインクの入ったボトルを差し出す。

「衣装部屋に落ちておりました」

 セルヴィスはそれを手に取り、じっと眺め、

「間違いなく、俺が贈ったものだ」

 簪を握りしめた。
 それは彼女と植物園に行った後、セルヴィスが命じて作らせたオーダーメイドの簪で、同じ物はこの世に存在しない。
 不要な物はすぐ売り捌いて賠償金に充てたいという彼女が珍しく素直に受け取ってくれたプレゼント。
 それが彼女の柔らかな蜂蜜色の髪に留まっているのを見る度、セルヴィスの心は温かくなり満たされたし、これが独占欲という物なのだろうと苦笑した。
 寵妃を演じる彼女は、決して自分のモノにはならないし、彼女は自分と同じく嘘つきだけど。

『私も……私も、赤色好きなんです。ダリアの花も』

 植物園で過ごしたあの時間だけは、ヴィー(黒狼)として過ごす時と同じく彼女の本心に触れた気がした。

「そのインクからはカルディアでイザベラ様が買い付けてくださった染め物と同一の成分が検出されました」

 カルディアにアヘンを密輸した国を絞り込むのに役立ったその染料はこの国には存在しない。

「コレで確定したな。やはりイザベラは自分の意思で出て行ったんじゃない。そして、奴らはこの俺のすぐ側にいる」

 アヘンをこの国に持ち込んだ国と密接に関係していると思われる人物、武器商人ジェシカ・ローウェン。
 イザベラのおかげでようやく掴んだトカゲの尻尾。何年も追っている名前しか出てこないその人物は、戦争王の異名を持つハリス大公とも繋がっているとセルヴィスは睨んでいる。
 奴らを根絶やしにしなければ、いつまでもこのイタチごっこは終わらない。

「ヒトの国で随分好き勝手してくれる」

 舐めた真似を、と紺碧の瞳が冷たく光る。
 それは今にも獲物の喉元を喰い千切ろうとする狼のような獰猛さを秘めていた。
 今セルヴィスに宮廷から出て行かれては困る。だが、セルヴィスの圧を前にオスカーは説得する言葉が見つけられない。

「セルヴィス様」

 名を呼ぶことしかできないオスカーの声を聞き、セルヴィスはグシャっと髪をかくと大きく息を吐き出して、

「オスカー、イザベラを頼む。俺はなるべく宴の開始時刻を遅らせられるようにする」

 静かな声でそう言った。

「セルヴィス様?」

「彼女はきっと無事だ。これでとり逃せば、イザベラに叱られてしまう」

 ダリアの花を見つめ、セルヴィスは静かに微笑む。
 そこにはいつもの冷静さを取り戻したセルヴィスがいた。
 本音を言えばすぐにでも彼女の捜索に出向きたかった。

『失望させないでください』

 だが、イザベラの言葉がセルヴィスを引き留める。

「さぁ、俺のモノに手を出した事を後悔してもらおうか?」

 オスカー達やイザベラを信じ、自分にしかできないことをしよう。
 セルヴィスは絶対王者の仮面をつけて、足早に動き出した。
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