赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
「嫌よ。冗談じゃない」

 シエラの大事な物を見つけた、と確信し私はニヤっと口角を上げると、パンっとシエラに平手を返す。

「なっ、殴ったわね! お父様にも叩かれたことないのに」

「だからあなたそんな残念な子になったんじゃなくて?」

 ふふっと楽しげな声を漏らした私は、にこにこと笑い、

「勘は鈍い。情勢も読めない。媚びも売れず、危機回避能力すらない。リタ家は娘にそんなことも教えなかったの?」

 私はシエラの襟首を掴み返し、そのローズピンクの目を覗き込み、火に油を注ぐように煽る。

「それで正妃になる? 笑わせないで。"無知"。上位貴族の人間ならそれだけで罪だわ」

 私の言葉にぐっと拳を握り、言い返せずにぎりっと奥歯を噛み締めた彼女に、

「私の肩にはクローゼア数十万人の命が乗っている。こんなところで朽ちるわけにはいかないの。だから、私の前に立ち塞がるというのなら誰であっても踏み潰して進むわ」

 私の愛する"暴君王女(イザベラ)"は決して立ち止まりはしない。
 石を投げつけられ、嘲られ、後ろ指をさされ、足元にどれほど骸が転がっていても、彼女は心を隠して美しく笑ってみせる。それ以上の悲劇を出さないために。
 それが私のよく知る"暴君王女"。
 だから暴君王女を名乗る以上、私も決して揺らがない。
 誰にも"偽物"だと見破らせはしない。それが、偽物姫としての私の矜持だ。

「私は私の信念に命を賭ける。シエラ、あなたにはそれだけの覚悟があるのかしら? ないならあなたはここで退場ね」

 と、私はローズピンクの瞳に向け問いかけた。

「じゃあ、どうすれば良かったのよっ」

 震える肩で息をするシエラは、

「……私だって、自分が無知で愚かだってことくらいっ、知ってるわよ!!」

 そう言って私に噛み付くように言葉を投げる。

「誰も、何も、私に教えてくれない! 大丈夫、お前は気にするなって。そんな嘘、子どもでも分かる! 皇帝陛下が代替わりしてから明らかにうちは重用されなくなったわ」

 リタ侯爵家は代々宰相を務めて来た家系。故に、知の一族と呼ばれてきたけれど、今現在セルヴィス様が側に置いているのはオスカー・ヴァルツ。
 オスカーは家柄的にも派閥的にもリタ侯爵家に属さない。彼が力を持てば持った分、リタ侯爵家は窮地に追いやられただろう。

「誰も私になんて、期待してないわよっ!! だけど、リタ家が生き残るには、私が正妃になるしかないじゃない!!」

 大きな瞳から涙を落としながら、

「私がリタ家を、そこに連なる人間を守るの」  

 そう言ったシエラの目からは絶望感が消える。こんなところで死ねない、と。

「……では、帰らなくてはね」

 パチンっと私は彼女の前で軽く手を叩く。

「撤回はしないわ。リタ侯爵家は一族総出でやはり愚かだと言わざるを得ない」

「何ですって!?」

「先程の平手でチャラにしてあげたのだから、私の心の広さに感謝して欲しいものね」

 でも、と前置きをして。

「だけど、ここから出られたら撤回も謝罪もしてあげる」

 なんなら陛下に減刑のおねだりでもしてあげましょうか? とクスッと彼女の神経を逆撫でするように微笑む。

「ほんっとに嫌な女ね!! 陛下は一体コレのどこを気にいったのよ!?」

 素直に挑発に乗ったシエラは、いつもの威勢の良さを取り戻す。
 彼女の単純さはある意味美点だ。
 これほど元気なら、いざとなったら走るくらいはできるだろうと安堵した時だった。
 部屋の外から複数の足音が聞こえ、それはドアの前でピタリと止まる。そしてぎぃーっと錆びた音と共にドアが開いた。
< 111 / 182 >

この作品をシェア

pagetop