赤いフードの偽物姫と黒いフードの人外陛下〜敗戦したので売国しに乗り込んだら、何故か溺愛生活始まりました〜
 外に出れば既に日が落ち、暗闇が町を支配していた。攫われてから結構な時間が経過していることを知る。
 相手に地の利がある以上、立ち止まるのは愚策。
 建物作りや方角から推察し、とにかく大きな通りを目指す。
 さすがに宮廷まで走って帰るのは無理があるが、市街地まで入れば私を捕まえに来た皇帝陛下の配下の人間に見つけてもらうことはできるはず。
 最悪、シエラだけでも保護してもらわないと。
 そう、思った時だった。

「……っ」

 心臓を直接握り潰されているのではないかと思うほどの痛みに、私は上手く息ができなくなる。
 倒れ込みそうになった私は、シエラに支えられた事で地面との衝突を免れた。

「……っ……はぁ……」

 こんな時に発作が起きるなんてついてない。
 最近痛みが落ち着いていたから、尚更辛く感じる。

「ねぇ、ちょっと! あなた、大丈夫なの!?」

 シエラが何かを言っているが、耳が上手く音を拾えない。
 余りの痛みに意識が遠のきそうになった時だった。

「ねぇ、あなた……イザベラ! イザベラ、しっかりなさいっ!!」

 イザベラ、と姉の名前を呼ばれ私はハッと自分を取り戻す。
 暴君王女イザベラがこんなところで朽ちるわけにはいかない。
 私は何とか深呼吸を繰り返し、痛みを宥めると力の入らない指で宮廷のある方角を指し示す。

「イザ……ベラ?」

 ペシっと、シエラの手を振り払う。
 あっちとなお指差す私に、

「……私に、一人で行けというの?」

 私の意図を読み取ったシエラに微笑んで頷く。
 どうせ二人でいたって助からない。
 売国の計画書は温室に隠してきた。私がいなくなればいずれセルヴィス様が見つけるだろう。
 きっと彼は悪用したりしないし、お互いにメリットがある内容だから本物のイザベラが今より悪い事態に立たされる事はない。
 あとは、偽物()が消えるだけ。
 シエラが私から手を離し、そしてその背を見送った。
 これが正解だと、分かっているはずなのに。

『バウ』

 漆黒の狼の鳴き声と。

『絶対犬派に鞍替えさせてみせるから覚悟しとけよ?』

 紺碧の瞳が脳裏を過り、私に未練を抱かせる。
 ありがとうも、ごめんなさいも。
 本当は犬派なんだってことも。
 偽物のくせに、彼を愛してしまったという事も。
 何一つ本当の事なんて、伝えられるわけないのに。

『リーリィ』

 セルヴィス様が"イザベラ"以外の名で私を呼ぶ度、一度でいいから"リィル"と私の名前を呼んでくれないか、と。
 不相応にも願ってしまった。

(植物園のプラン、直接伝えたかった……な)

 セルヴィス様が大事にしているものを守れたら、褒めてくれただろうか?
 私がセルヴィス様の見初めた暴君王女でなかったとしても。

(少し休んだら、私も行かなきゃ)

 そう思った私の腕を何かが掴む。
 驚いた私の視界に入ったのは息を切らせたシエラの姿で。

「もう少し動ける!? あっちの方、少し休めるかも」

 まだ追っ手は来てなかったわと、話しながら私の身体を抱えようと試みる。

「なん……」

「そんなの、置いていけないからに決まってるでしょ!」

 迷いなくキッパリと言い切ったローズピンクの瞳は、

「イザベラ、戻ったら絶対謝らせてやるんだから覚悟なさい!」

 ただ前だけを見ていた。
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